いつまで君主制に騙されれば目が覚めるのか

負けないぞと胸をはって、手をつないで 
ピケを張っているのは新しい主権者だ
 1951年11月12日、昭和天皇の京都大学に来ることになった。学生たちは天皇宛の質問状を取り次ぐよう学長に要請したが、学長はこれを拒否。ならばと学生らは天皇に直接手渡そうとしが、警官隊が入りこれを阻止、騒ぎとなった。左の写真にはその質問状の一部がある。

公開質問状

私たちは一個の人間として貴方を見る時,同情 に耐えません。
 例えば,貴方は本部の美しい廊下を歩きながら,その白い壁の裏側は,法経教室のひびわれた壁であることを知ろうとはされない。
 貴方の行路は数週間も前から何時何分にどこ,それから何分後にはどこときっちりと定められていて,貴方は何等の自主性もなく,定まった時間に定まった場所を通らねばなりません。
 貴方は一種の機械的人間であり,民衆支配のために自己の人間性を犠牲にした犠牲者であります。
 私たちはそのことを人間としての貴方のために気の毒に思います。
 しかし貴方がかつて平和な宮殿の中にいて,その宮殿の外で多くの若者達がわだつみの叫びをあげ,
うらみをのんで死んでいる事を知ろうともされなかったこと,又今と同じようにすぢがきに従って歩きながら太平洋戦争のために,軍国主義の 支柱となられたことを考える時,私たちはもはや 貴方に同情していることはできないのです。
 しかし貴方は今も変わってはいません。名前だけは人間天皇であるけれどそれはかつての神様天皇の
デ モクラシー版にすぎないことを私たちは考えざるを得ず,貴方が今又,単独講和と再軍備の日本で かつてと同じやうな戦争イデオロギーの一つの支柱として役割を果たそうとしていることを認めざ るを得ないのです。
 我々は勿論かつての貴方の責任を許しはしないけれど,それよりもなお一層貴方が同じあやまりをくり返さないことを望みます。
 その為に私たちは貴方が退位され天皇制が廃止されることを望むのですが,貴方自身それを望まれぬとしても,少なくとも一人の人間として憲法 によって貴方に象徴されている人間達の叫びに耳 をかたむけ,私達の質問に人間として答えていただくことを希望するのです。

質問
一 もし,日本が戦争に巻き込まれそうな事態が起るならば,かつて終戦の証書において万世に平和の道を開くことを宣言された貴方は個人としてでもそれを拒否されるように,世界に訴えられ る用意があるでしょうか。
二 貴方は日本に再軍備が強要される様な事態が起った時,憲法に於て武装放棄を宣言した日本国の天皇としてこれを拒否する様呼びかけられる 用意があるでしょうか。
三 貴方の行幸を理由として京都では多くの自由の制限が行われ,又準備のために貧しい市民に廻るべき数百万円が空費されています。(孫の即位には160億円)
 貴方は民衆のためにこれらの不自由と,空費を希望される のでしょうか。
四 貴方が京大に来られて最も必要なことは, 教授の進講ではなくて,大学の研究の現状を知り,学生の勉学,生活の実態を知られることであると思いますが,その点について学生に会って話し合っていただきたいと思うのですが不可能でし ょうか。
五 広島,長崎の原爆の悲惨は貴方も終戦の詔書で強調されていました。
 その事は,私たちはまったく同意見で,それを世界に徹底させるために 原爆展を製作しましたが,
 その開催が貴方の来学を理由として妨害されています。
 貴方はそれを希望されるでしょうか。又,私たちはとくに貴方に それを見ていただきたいと思いますが,見ていた だけるでしょうか。

私たちはいまだ日本において貴方のもっている影響力が大であることを認めます。それ故にこそ,貴方が民衆支配の道具として使われないで,平和な世界のために,意見をもった個人として,努力されることに希望をつなぐものです。
 一国の 象徴が民衆の幸福について,世界の平和について何らの意見ももたない方であるとすれば,それは 日本の悲劇とあるといわねばなりません。
 私たちは貴方がこれらの質問に寄せられる回答を心から期待します。

昭和二十六年十一月十二日
京都大学同学会
天皇裕仁殿

  彼は悪い音質の放送の中で確かにこう言ったのだ。

・・・敵は新に残虐なる爆弾を使用して、頻に無辜を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る・・・
 アジア各地で「頻に無辜を殺傷」の「残虐な」作戦の責任を負うべき男はこう言ったのだ。2000万を下らない人命を奪っただけではない、京大に来る遙か前の1947年9月には「米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む」とのメッセージを占領軍に届けていたのだ。
 無論質問を書いた理学部の中岡哲郎はその事実を知らなかった。何しろ天皇自身と取り巻き以外は誰一人知らなかったのだ。

  この日、詩を印刷したビラもまかれた。

あれが 雲の上から 降りてきて神様だと名のったものの あとつぎだ
神話と童話は要るけれど 
夾竹桃の花々に歌って踊る小鳥と小人
親指姫と一寸法師の 流れる小川はいるけれど
可愛い小さな矢をもって 恋の弓射るキューピット
真赤な頬はいるけれど
何千年の昔から 何万人の人民の血と汗と油を沼に流しこみ
勝手に殺して知らぬ顔 そんな神に用がない
それにへつらうダニの群 汚れた神のダニはいう
それが〝人間の子だった〟それが〝精神の支柱〟だと
あなたが本当の神様に神様らしい人間になりたいのなら
そのダニを 一匹一匹つぶすのだ
だまされないぞふたたびは
生きゆくことの喜びと赤い血潮の高鳴りをもう勝手には消させない
立上る 立上る民衆の 自由 平和
独立の歴史の姿にこだまする あのたくま
しい歌声を人間ならば聞くがよい
神の子ならばなおのこと
一緒になって歌うのだ
            京大反戦平和詩グループ

  「だまされないぞふたたびは」と詩に書き付けた時、既に欺されていたのだ。その孫が位に就いたことを祝うパレードが、巨大台風災害の惨状におののいて延期されたと言う。なぜパレードの中止や制度自体の廃止ではないのか。京大生の質問は、今なお有効である。

 日を改めてパレードするという。その時、新しい天皇の祖父が望んだ「米国による琉球諸島の軍事占領の継続」の実態に思いを馳せる者はどれほどいるのか。破顔の皇族と政権首脳、それに熱狂する民衆と資本。その姿はこの民が、だまされる側からだます側に位置を変えた事を白状するのだ。

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