吹き抜けの開放的小屋が制憲議場 |
第一次世界大戦で独国が敗れて日本は易々と戦勝国となり、独国支配下の島々の一部を国際連盟委任統治の名目で占領した。名目にすぎなかった事は、国際連盟脱退後も居座ったことで分かる。ヨーロッパ人が来る前に人は住んでいた。島に生まれた人たちにとって、英国であれ、ドイツであれ、日本であれ、米国であれ「みんな、こちらには断りなしにやって来ましたよ。勝手に自分の国の旗を立てた」闖入者である。日本人は島民をこき使って道や滑走路を作り戦闘機を置きムラをつくりサトウキビ畑を造り、泡盛を作り輸出して儲けた。島始まって以来の「繁栄」を実現したと日本人は胸をはる。挙げ句の果てに米軍と滑走路を巡って殺し合って、玉砕した。島民も数千人が殺された。しかし、島民は、そんなこと頼みはしなかった。
「あんまり働くと病気になる」という生き方を貫くキリバス人。遠くから高い費用を払って飛んでくるほどの美しい自然の中に、伊勢エビも貝も魚も主食のパンの実もジュースも新鮮なまま溢れている。何時も愉快に歌い、飲み、食べる。
しかし日本企業の現地社員たちは、彼らを怠け者とは言わない。よく働き優秀だからだ。
たくさんの特徴がある島国だが、何より素晴らしいのは制憲過程である。ギルバート諸島は植民地だったが、自治権を認められ政府を持ち大臣もいた。
「「憲法制定会議」というからにはいかめしく守衛がとりまいているのかと思ったら、そんなことはまるっきりなかった。シャツに半ズボン、ゾウリバキのスタイルで私もそこに行って、はしっこのゴザに腰を下ろした。誰かがもの静かに話をしていた。残念ながらギルバート語なのでかいもく判らなかったが、なかなか雄弁のように見受けられた。若いのはあまり見えなかったが、年よりもいれば女性の姿も見えて、なかなか多彩な感じがしたが、多彩といえば、ときどき私のようにのぞきに来る野次馬のほうも多彩だった。ゾウリバキも来れば、ハダシも来る。上半身まるはだかのものぞきに来たし、犬もやって来た。そのときには気がつかなかったが、あとで記録用にとっておいたテープをきいてみると、ニワトリの声も演説の声にまじって入っていた。
三百人はもう一月もそこでそんなふうにニワトリの声の伴奏入りで会議をして来ていたのだが、中部太平洋に大きくひろがって点在するいろんな孤島からやって来ているのだった。いちばん遠いところはタラワ島から三千キロはなれたクリスマス島からやって来ている参加者もいて、そういうのは何日.もかかってはるばるとやって来ているのである。各孤島から五人あて来ていて、 内わけは島のお役所の人ひとり、協同組合からひとり、.あとは老人代表、女性代表というぐあいに、いかにも島の住民代表という感じが強い。
たしかに見ていると、その「憲法制定会議」は住民大会といった印象がした。ひとにぎりのえらいさんたちがどこかの密室に集まって勝手に方針をきめるというのではなく、住民が集まって、その開けっぴろげのかくしようのない場所で、みんなでチエを出し合って自分たちの未来をきめる。-こういうことは、今ようやく日本でもあちこちで人びとが始めていることだが(小田実がこれを書いたのは1970年代の終わり頃である。1971年美濃部知事が選挙で圧勝、各地に革新自治体が出来、4500万人が革新首長の下で生活していると言われた。遙か昔のような思いに囚われる)、それを国家の規模で、国家の基本をさだめることについてやってのけようとしている。
「憲法制定会議」を見ているうちに思い出されて来たことがらは二つあって、ひとつは日本のあちこちで見たそうした住民大会の光景だが、もうひとつは、日本国の憲法をつくるにあたって、私たちがこういう住民大会を一度でももったことがあるかということであった。昔の「明治憲法」が、伊藤博文やら何やらが勝手につくり出した憲法であることは言うまでもないことだろうし(第一、国民は憲法発布の日まで、その中身について一言半句も知らされていなかった、当時日本にいた西洋人が、あわれにもこのヤバン国の国民、中身の何んたるかを知らずして発布を祝うと日記に書いていた)、今の「新憲法」だって、中身はわるくないにしろ、でき上るまでの過程は同じようなものだ。とすると、ギルバート諸島と日本、どちらが進んでいて、どちらがおくれていることになるか」小田実『世界が語りかける』
小さな国の幸福を感じる。
だが出来上がるまでの過程という事で言えば、高校と言う小さな世界の決まり=校則でさえ、職員会議が勝手に作るものであり続けている。今や管理職が教員の意向さえ無視して一握りの取り巻きだけで作る。守る従順性だけを押しつけ、守らない者を罰する矮小な事が教員の仕事になってしまった。とても先進国や文明国の草の根インテリの仕事ではない。
我々は小さいことの利点さえ生かせないのか。坂本龍馬や吉田松陰など「偉人」を有り難がっている限り、ひとり一人が自立した思想を持つ用になるのは至難だろう。
キリバス共和国に軍隊はない。