僕が聴くよという決意は将軍や大元帥には無い |
綱吉はその愚策のために、大奥の奢侈を止めさせたわけでは無い。綱吉自身が犬猫を江戸城で可愛がったわけでも無い。数カ所の犬小屋用地は数ヶ所29万7652坪もあり、百姓数百名が土地を失った。江戸町奉行は犬小屋維持費用を江戸市中に転嫁。「御犬上ヶ金」といい、小間1間につき金3分。中野犬小屋の普請や修復のためには「犬扶持」が徴収された。周辺農村は高100石当たり1石の割合で賦課されたのである。
処罰の記述は誇大でありその多くは事実では無いとか、本当の狙いは捨て子保護など福祉であったとか綱吉を評価する言説がある。支配者の愚策を、持ち上げ賞賛する傾向が繰り返される。
米軍は文化財保護のため京都や奈良を爆撃しなかったと感謝の記念碑を建てたり、占領軍将兵のために政府が率先して特殊慰安施設を開設し、GHQ司令官に国会が感謝決議をするなど「サムライ」らしい卑屈さは常に吹き出す。持ち上げておいて、それにぶら下がろうとする。この恥ずかしいまでの卑屈さを隠すつもりが、弱者や周辺諸国への傲慢である。
天皇の前に出ると、どんな人間も有り難さに震え上がると言われた。しかし森繁久彌は、秋の園遊会に招かれたときのことをこう語っている。
「・・・ご下問です。《いつも見てるよ》《ハッ》、《テレビはいろいろ大変だろうね》《ハッ、大変です》《アッ、そう》。もう少し酒落たことを言うつもりなのに、これでは隣りのチョビ髭の代議士とおなじです。汗が出ます。ハンカチ、ハンカチ。女房を小突くのですが、女房は皇后のお顔を口を開けて見ているだけで役に立ちません。《映画も大変だろうね》《ハッ、大変です》《アッ、そう》。陛下のご下問は矢継ぎ早です。《舞台も大変だろうね》《ハッ、大変です》《アッ、そう》。入江さんが、目で陛下に先を促しているようです。私は、意を決しました。《ところで陛下、この御殿は昔大奥だったそうですが、お手打ちになった女の幽霊が出るなんてことは - 》《アッ、そう》 -陛下のお姿は、私の前から消えていました」 『大遺言書』新潮文庫
天皇には人の話を聴く耳が無いことを森繁久彌は、うまく語っている。人の話を聴けない者が、元帥や将軍になれば人は末代まで迎合する。その結果、歴史を客観的に見ることが出来なくなる。彼らの耳に入った「子どもまで遠島」や「南京大虐殺」は大脳に達すること無く、脊髄反射ように《アッ、そう》的反応に終わるのだ。
ユーモア精神溢れる根っからの自由人が、文化人と呼ばれるに相応しい。文化人はその見聞をあちらこちらの多様な人に運んで結ぶのである。それが有効な批判として機能する。聴く耳を失った同じ意見の人間だけがいくら固く結束しても、共感は広がらない。