沖縄戦・住民を救う手立ては身近にあった

谷川雁 沖縄が壊滅的な打撃を受けている最中に、ぼくは兵隊でした。・・・ただ、あとでぼくが思ったのは、あの南部戦跡のところに日本軍が首里からダーツと下がっていくときに、住民を救う手立てはなかったのかという問題です。 あそこで十万、あるいはそれ以上の住民がまき込まれて死んだわけですから。そのことを考えに考えてみたけどいっこうに解決できなくて、この二、三年前ですよ、もう行かなくちゃわからないというふうに思って、意を決して行ったんです。それまでは、この問題を解かずに、沖縄にどの面さげて行くかと思ってたからね。
 だけど行ってみたら、パーッとなんか感じられたのは、あそこは斎場御嶽というウタキがありまして、そこから久高島という島がよく見えるところがある。あの下の海岸はそんな大きな戦場にならなかったな。だから、もし首里から南部へ日本軍が撤退する瞬間に、白旗を掲げ、軍使を出して、非戦闘員は全部ここからここの海岸に集結させている。したがって、ここだけは攻撃しないでくれと言い、だが軍人たるわれわれは全滅を賭して戦うと通告したら、アメリカはそれを守ったんじゃないかという気がします。これは前から鶴見さんにしてみたかった質問でして、きょう実は、この質問を鶴見さんにすると決めて、ある気持ちを抱いて来たんです。アメリカは学童疎開の船をいっぺん沈めたでしょう。それがわかったら、それからは学童の乗った船は沈めてないですよね。スパイがいたかどうか知らないけども、ちゃんと選んで沈めてないわけで、だから、ぼくの生まれた水俣なんかにも沖縄の学童が疎開してきたんです。
 そういうことから考えると、ぼくは、アメリカ軍にはそこまでほ最低通じたんじゃなかろうかという気がするんですよ。戦後のアメリカの沖縄に対するやりかたはでたらめです。それはぜったい許せないと思っているけれども、あの戦争の緊張のなかで、そこがアメリカに通じたかもしれない。そうすると、それは武士道ですよ。・・・ 
鶴見俊輔 アメリカ軍の作戦が、日本軍の作戦に対応して、別の展開を示したかもしれないということは、確かにそうだと思うのよね。もし日本軍が沖縄の住民をまき込まないという決心をして、そのような陣形をしいて戦えば、アメリカはあの当時ゆとりをもっていたわけで。戦後、そのゆとりをもっていたということを隠そうと一生懸命するけれど。そうでないと原爆を正当化できないから。だから、日本人の頭を撫でるのに、スレスレの戦争だったみたいなことを言って、実にいやらしいんだけども、実はものすごく過剰な戦力をもっていたんですよね。だから、目茶苦茶のなぐりあいみたいに戦争に突入するんじゃなくて、京都は避けるとか、戦略としてゆっくり考えて石を打ってた。
 もし日本軍が住民への被害を避けるために、自分はこういうふうに陣をしくというふうに展開したらは、それに対応して手を打ったと思う。沖縄の住民の四分の一が戦死。・・・
 それに対する想像力をわれわれは依然としてもってないんだけども、いま架空のことで、日本軍がとうぜん軍人としてはやるべき戦略を沖縄で立てていたらどうなったかということなんだけど、立てなかった。そのために、あれだけ沖縄の住民をまき込んじゃった・・・。 1986年 季刊 文藝 特別対談・戦後精神の行方 谷川雁×鶴見俊輔 司会・松本健一

 渡嘉敷村の前島は、一教師の企てにより戦禍を免れた。
 「・・・那覇とは目と鼻の先にある我が前島こそ、その島である。当時、島には渡嘉敷国民学校の分教場があってH先生夫妻が教鞭をとっていた。或日のことS大尉なる者が部下を連れて島へやってきた。・・・先生は住民を守るために来られたのであれば、兵隊が居ること自体が住民の為にならないので、お引取り願いたいと隊長に申し出た。・・・この島にも米軍は上陸してきた。くまなく調べた結果日本軍が居ないことを知った米軍は、この島には一切攻撃はしないから安心して畑にも海にも出てよいと言い残して、その日のうちに引揚げていったとのことである。」  渡嘉敷小学校創立90周年記念誌』(1977.9)
   H先生とは分教場主任の比嘉儀清先生の事である。一介の教師が両軍と交渉して、「非武装」島宣言を実現している。日本国憲法・平和主義の原点に相応しい。事の本質は、小さな部分に先ず宿る事が分かる。

 県民の命最優先が国家や軍の意思であれば、更に壮大な和平の企ては可能であった筈だ。僕はこの逸話を映像化すれば、ロッセリーニの『無防備都市』と並ぶ名作になる可能性があると思う。

 沖縄戦では、牛島中将の最後が特段に美化されて不気味である。スコッチ・ウイスキーのキングオブキングスとパイナップルの缶詰の最後の晩餐の記録には、開いた口が塞がらない。全アジアの戦線で完全餓死・病死に追い込んだ軍参謀たちが、平然とスコッチ・ウイスキーとパイナップルの缶詰の晩餐の記録を残し、斬り込みもせず「自決」する神経。それを「美」談とする感性、名状し難い。

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