Cool head, but warm heart

最新鋭のペリカンベイ刑務所には矯正はない
 スーパーの安売りの日には、雨だろうが寒かろうがビックリするほどの客が押し寄せる。特に足腰の弱った老人が増える。議員や高級官僚には、バス電車通勤を義務づけ、こうした生活者の日常光景を目に焼き付けさせる必要がある。公僕としての義務である。
一円、1gの違いに右往左往する年寄りの姿に、彼らの全生涯を思い描く想像力を掻き立てる必要がある。早朝の駅には、指定された職場に向かう年老いた派遣労働者が、沈んだ表情で始発電車を待っている。農学部に農村調査が欠かせないように、経済学には民衆の生活調査が欠かせない筈だ。
 「経済学者は、cool head, but warm heart を持たねばならない」と言ったのはAlfred Marshall。彼は貧民街での見聞により貧民救済を決意、数学から経済学に専攻を変えている。だから彼の経済学は、賃金を上げ労働条件を緩和することを目指し、現実から乖離した理論は「単なる暇つぶし」に過ぎない述べる彼の学風は多くから慕われた。

 かつて資本は、増えつづける労働者を懸命に吸収しようとした。しかし、現在の資本は、失業者数減少のニュースに対して神経質な反応を見せ、逆に、雇用者をレイオフしたり仕事数をカットする企業に対して株式取引という全権大使を通じて報酬を与えている。このような状況下では、監禁は職業訓練学校でもなければ、生産力のある労働人口を増やすための強制的な方法でもない。現在は、正常で好ましい「自発的な」方法をもってしても、著しく無気力で手におえない「正業のない人々」を産業の回路に導き入れることはできないし、きわめて不快で嫌悪感をもよおすような仕事に就かせることもできない。現在のような状況下にあって、監禁はむしろ雇用とは別の選択である。つまり、監禁とは、生産者として必要とされておらず、「取り戻すべき」どんな仕事も持たない一群の人々を、整理し、無力化し、人目に触れない場所に排除するための一つの方法なのである。
 ・・・今日推奨されている戦略とは、近代産業の上昇期に労働者たちに教え込んだ労働倫理を(「学ばせる」ではなく)忘れさせることなのである。・・・現在と未来の雇用者が、フルタイムの常勤、勤務時間、終身雇用、長年の同僚づきあいといった身に染みついた習慣を忘れてしまうこと。どんな仕事にも慣れたり、親しんだりしないこと。そして何より、いかなる仕事にも職業的使命感を持つことを慎み(禁じ)、働く権利や責任といったことを病的に妄想する(想定することはもちろん)のをやめること。

 IMFと世界銀行の管理者たちは、1997年9月に香港で開催された年次会議で、失業者を減らそうと努力するドイツとフランスの政策を厳しく批判した。そのような努力は「労働市場の融通性」とは相容れないと。
 ・・・必要とされているのは、・・・世界金融の管理者たちの考えに従えば、労働者は、固く身についた献身的労働を忘れなくてはならないし、身に染みついた職場に対する感情的愛着や個人的な関与も捨てさらねばならない。
 この文脈のなかでは、ペリカンベイ刑務所を収容作業施設のハイテク版としてその連続性のなかで捉える考えは、まったく説得力がない。・・・ペリカンベイ刑務所のコンクリート壁の内部では、いかなる生産的な労働もなされていないのだ。そこにはいかなる職業訓練もなく、そのような活動を行う場所すらない。実際、ペリカンベイ刑務所は何かを学ぶ場所ではない。収容者たちは純粋に形式的な規律さえ学ばない。
ジグムント・バウマン「法と秩序の社会的効用」

  「生産者として必要とされておらず、「取り戻すべき」どんな仕事も持たない一群の人々を、整理し、無力化し、人目に触れない場所に排除するための一つの方法が」犯罪大国米国のハイテク刑務所である。人々が従順な日本では、監獄なしに貧しい人々を無力化して整理・隔離出来る。その典型的光景を、大都市郊外の低家賃公営住宅団地と特売日のスーパーに押し寄せる年寄りたちに見ることが出来る。権利もそれを要求する方法も知らず、自ら社会の片隅に沈み込んでしまうからだ。その予備軍としての少年たちに求められるのは「労働倫理を忘れ、フルタイムの常勤、勤務時間、終身雇用、長年の同僚づきあいといった習慣を知らずに居ること。どんな仕事にも慣れたり、親しんだりしないこと。そして何より、いかなる仕事にも職業的使命感を持つことを慎み、働く権利や責任といったことを病的に妄想するのをやめること」である。それを我々社会科教師も、いつの間にか善意で担っている。間違っても労働基本権に興味を持たないように、70年かけて社会科は解体縮小、労働や福祉分野は徹底的に削られてしまった。教師自身も権利を主張しないよう、多忙化は限界にまで達して無力化は成功裏に進行中。


 特売日のスーパーは最良の社会調査の現場だ。わざわざ案内付きのフィルドワークに出かける必要はない。
Alfred Marshallを貧民救済に向かわせた光景は、我々の身近にある。
 
  現在、世界の全受刑者の4分の1にあたる220万人は米国の刑務所に収監されている。ペリカンベイ刑務所はカリフォルニア州にある最先端理論により運営される刑務所である。

0 件のコメント:

コメントを投稿

若者を貧困と無知から解放すべし

    「病気の原因は社会の貧困と無知からくる。」「だがこれまで政治が貧困と無知に対してなにかしたことがあるか。人間を貧困と無知のままにしては置いてはならないという法令が出たことがあるか」   黒澤明は『赤ひげ』で新出去定に怒りを込めてこう言わせている。             ...