端緒において行動する


 1943年、ベラルーシ920万人のうち220万人が虐殺された。ソビエト映画「炎628」の628は 、ナチス「移動虐殺部隊」によって焼滅した村の数。現場の一つハティニ村には
、628の墓標と博物館がある。


 移動虐殺部隊はハティニの村人たちを、納屋に閉じ込め、ガソリンをかけ、火を放ち、逃げ出す村人たちがあれば待ち構えて悉く銃殺した。 身内も知り合いも焼かれ身も心もボロ布状態になった少年フリョーラは、パルチザンに身を投じる。

 彼が、水溜まりに沈んだヒトラーの肖像画を見つける場面がある。肖像画を見つめるうちにフリョーラの意識は、ヒトラーのナチスが世界を席巻していく歴史的記録映像に重なり合う。虫も殺せず村人に笑われた優しい少年フリョーラは、即座に銃の引き金を引く。その度にナチス台頭とヒトラー躍進の映像が猛烈な勢いで逆転する。歓喜するドイツ国民や親衛隊の行進や集会に手を挙げるヒトラー、フリョーラは躊躇わず引き金を引く。その度にヒトラーが若くなっていく、青年時代のヒトラー、少年時代のヒトラー・・・。そして赤ん坊のヒトラーが母親に抱かれている写真。フリョーラは引き金を引けず、口をわなわなと震わせ涙をおとす。


 何時行動を決意すべきだったのか、惨劇の端緒は何処にあったのかを言葉なしに我々に訴えかける場面である。

 僕は毎年「炎628」を教材にして、高校生とニーメラー牧師の言葉を考えてきた。我々の「今」は、ニーメラー牧師の言葉のどの時期なのか。

 今、学術会議に対する政権の介入への抗議が急激に高まってきた。介入の端緒は何処か考えてみる。

 2004年国立大学行政法人化は如何だったか。2005年NHK番組改変問題への介入・恫喝は・・・。

 僕は教員養成課程に於ける必修科目「法学」から憲法が外された事にまで、更には東大闘争確認書までは遡らねばならぬと考えている。

 それだけではない、それぞれの端緒にもいくつもの端緒を考えることが出来る。それを常に意識し続ける事が肝要だと思う。それが歴史を学ぶ意義である。18歳選挙権と模擬投票の流行は何だったのか、問わずにおれない。

  端緒において行動することを痛切な悔恨と共に呼びかけたニーメラー牧師の言葉

  「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた「ミルトン・マイヤー『彼らは自由だと思っていた――元ナチ党員10人の思想と行動』未来社 p167」は余りに有名。


  だが戦後の46年1月、ゲッチンゲンでの説教でニーメラー牧師は次のように告白している。

  「・・・私は1933年になっても、ヒトラーに投票したし、また正式な裁判なしに多くの共産党員が逮捕され投獄された時にも、沈黙を守っていました。そうです。私は強制収容所においても罪を犯しました。なぜなら、多くの人が火葬場にひきずられて行った時、私は抗議の声をあげませんでした

 日本軍に移動虐殺部隊はなかった。さほど残虐でなかったのか、そうではない。歩兵部隊であれば、どの部隊も略奪・強姦・焼き討ちに迷いはなかった。

 満州を支配した日本軍関東軍と名付けていた。731部隊の正式名称も関東軍防疫給水部本部)は、「燼滅掃討作戦」を実施している。
 華北の長城に沿った南北500㎞余で村々と人々を、焼き尽くし(焼光)、殺し尽くし(殺光)、奪い尽くし(搶光)た。人呼んで「三光作戦」。

 1937~45年の8年間だけで「318万人が殺され、276万人が連れ去られ、1952万軒の家屋が焼かれ、5745万トンの食料、631万頭の耕作用家畜、4800万頭の豚・羊」などが奪われている。残酷さと規模において、ナチス移動虐殺部隊を凌駕している。

 フリョーラ少年が、ヒトラーの肖像を撃つ場面直前。ナチス移動虐殺部隊がパルチザンに包囲さる。青ざめたナチ将校たちが命乞いする場面がある。憎しみの感情が極限に達した村人たちは、今にも銃弾を浴びせかねない。パルチザン隊長は「殺すだけでいいのか、裁判にかける」「奴らの言い分をよく聞いておくのだ」と止める。

 パルチザンの隊長が「奴らの言い分をよく聞いておくのだ」と冷静に止めるが、意を決した一人の婦人が人集りを掻き分け進み出叫びながら軽機関銃を浴びせる。

 僕は三光作戦や731部隊の犠牲になった人々の身内の気持ちを思わずにはおれない。憎しみの感情に高ぶる人々を、言葉で制止するのは容易いことではなかった筈。

  

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