対米開戦に至る日本軍部の「内弁慶で情緒的な確信、突発的で後先のない」判断は、まさに重症ギャンブル依存症患者のそれである。薩英戦争・下関戦争には敗戦したことは見事に忘れ、日清・日露戦争に辛くも勝利して戦果を挙げた興奮が忘れられず「内弁慶で情緒的な確信」に基づいて「突発的で後先のない」戦闘に自らはまりこんだのである。
パチンコ依存症の特徴は「嘘」と「借金」だという。嘘に嘘を重ねるのが日常になる。大本営発表だけではない。それに繋がる日米生産力研究そのものまで禁じてしまう。さらに嘘の塊を、歴史として生徒に与えたのである。その結果、日本軍が作り出した戦費=借金の山は、現在の価値に置き換えれば、4400兆円。
それらの膨張する嘘と借金の体系が、インテリ集団の中ではどのような雰囲気を作り出していたのか。面白い証言がある。
「丸山 ・・・それから太平洋戦争が始まった年の「政治学研究会」も面白かったな。 松本重治さんは新聞記者だから情報に通じていて、プリンス・オブ・ウェールズの撃沈の話、そのために海軍がどんなに血のにじむ訓練をしたかという話をするわけですよね、得意になって。それは大したものだと恩いました。「岩をもうがつ」という訓練だったって言うんですね。要するに繰り返しだけだと言うんです、日本の海軍は。繰り返し、繰り返し、訓練しているうちに、百発百中になっちゃう。単純だって言うんですね、「岩をもうがつ」の精神というのは。
また、神川先生の報告は、要するに、大東亜戦争は起こるべくして起こった。いつかは日米両国は 生命をかけて争う必然にあった……。これはベルリ来航の時から運命づけられていた、というわけなつ-ぅんだな。(笑)これはもう必然であって、どうしたって戦わなきゃいけないってことを、神川さんが得意になって言ったわけです。これは食うか食われるかの戦争だ、途中の妥協はあり得ないと。つまり日章旗をホワイトハウスに立てるか、それとも宮城に星条旗が翻るかしなければ、この戦争は終わらないと言うんですよ。
それで、第一番目の質問が岡さんで、「神川先生に伺いますけれど、日章旗をホワイトハウスに翻させるという可能性はありますか」と言うと、 「ないですね!」と。(笑)この戦いは妥協はあり得ない、とことんまで戦わなければ決着がつかないと強調されたあと、日章旗がホワイトハウスに翻る可能性がありますかとの質問に、「ウン」とちょっとつまって、「あ、ないですな!」-あれは傑作だったな。
丸山 しかし変に図太い自信はできましたね。つまり、世の中みんな狂っているわけですね。僕なんかとっても気が弱いし。僕の親父でもまたそうなんですよ、いい意味でジャーナリスティックなんです。つまり時代に敏感なんです。だから僕の親父なんてカンカンに・・・。 〔親父は〕それこそ「親英米派」の権化みたいなんだけれども、やっぱりその時代の影響を受けるに敏感であるということ。それからもう一つは、明治のナショナリズムなんだろうな。
ハルの最後通牒で、がらっと変わっちゃったな、やっぱり。一二月八日に帰って来て、あれだったら、こりゃあとても呑めないと。あんなものをやった日には、断然戦わざるを得ないというわけですね。僕なんか全然実感がなかった。無茶なことをやるもんだな、という実感だけですよ、開戦の実感は。ところが親父はカンカンに憤慨しちゃった。〔その時〕非常に親父と離れたっていう感じがした。 やっぱり〔僕は〕気が弱いし、左翼全盛時代から右翼全盛時代まで急激に、三、四年の問に変わるのを見ているでしょう。だから余計、大正時代というか明治の末期に育った人のような、本質的に強いものってないわけですよ、自分の中に。『方丈記』じゃないけれど、世の中は移ろいゆくものである、という感じの方が強いわけでしょ。だから一所懸命自分を支えているわけなんだけれど。
そしてインテリ罵倒論が流行るでしょ、あの頃。知識階級は無力であるとか、インテリはろくでなしの観念的であるとか何とか言って。 それで、この野郎!と思ってじっと我慢していたら、結局その戦争が終わってみると、いわゆる罵倒されていたインテリが考えていたことは間違っていたことは一つもなかった、という点で何か図太い自信みたいなものができていますね。つまり勘みたいなもので、こういうのは無理だなっていう、-安保じゃないけれどね。どこか無理があると思う時には、やっぱりその無理は通らないという感じね。どんなに勢いを得ていても通らない、まぁ、スターリンでもそうだし。歴史というものは無理はやっぱり通らないなっていう、そういう一種の感じというのは何か得たような気がするんです」『生きてきた道』1965年10月 『丸山眞男話文集 続 1』みすず書房
神川先生とは東大教授神川彦松である。1940年、皇紀2600年を記念して皇道文化研究所を設立。戦後公職追放処分。
内弁慶で情緒的な確信、突発的で後先のない判断。それに人々が易々と引きずられる状況は、いつもある。
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