規則によって人の自由を奪えば、その人の責任を問うことは出来ない

2.1ゼネスト直前の末広嚴太郞と徳田球一
 「抑圧を下へと譲り渡したに過ぎないために、自らに対して主体的責任を感ずるところがない」 丸山眞男
  体罰を振るって瀕死の重傷や死亡事故を起こした教師が、自ら責任を取るというは滅多に聴かない。危険なタックルを指示した日大監督が、主体的責任をとれなかったのは、日大理事長を頂点とする支配体制から委譲された抑圧を、下に取り次いだに過ぎないからだと、理事長も監督も考えていたからである。体罰が横行する職場には、中学や高校でも同じ構造が形成されている。
  「責任は、自由の基礎の上に初めて成り立つ」と言ったのは、末広嚴太郞である。日大理事長支配下の、監督や教授に反逆以外の自由は無い。従って主体的責任意識は生まれない。
 

  「規則によって人の自由を奪うとき、もはやその人の責任を問うことは出来ないのです」末広嚴太郞『嘘の効用』
 だから無意識のうちに、体罰は隠蔽される。対外的な窓口が、管理職に一本化されて教員の口封じが合意される。そんなとき
 「私は、自由に喋りますよ。そんな口裏合わせより、真相解明をした上で、生徒たちや保護者に説明すべきではありませんか。その場で我々も、それぞれ個人として自由に見解を表明しなければなりません」と言うことは、とても大切なことである。憲法はそれをひとり一人の国民に要請しているからである。憲法を守るとはそういうことだ。
 「第十二条・この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない


  「しかるに、万事を規則ずくめに取り扱う役所なり大会社なりは、使用人の責任までをも、規則によって形式的に定めようとします。その結果、責任は硬化し、形骸化して、全く道徳的根拠を失います」末広嚴太郞 前掲書

  だが現実には「私は、自由に喋りますよ。そんな口裏合わせより・・・」と発言した途端、問題は体罰から離れて、結束を乱す教師の問題になる。結束や一致は、それがどのようなりに基づくかではなく、形式的多数決によって成立する。

  丸山眞男は、戦前戦中の「超国家主義」日本を分析する過程で、「抑圧の移譲による精神的均衡の保持」という構造を見出した。それは、全ての価値と規範の体系が、最高価値たる天皇からの相対的距離を規準として成立している社会体制であり、そこでは、最高価値に「相対的に近い」上の者から下の者へと抑圧が譲渡されていくようになっている。抑圧した者は上からの抑圧を下へと譲り渡したに過ぎないために、自らに対して主体的責任を感ずるところがない。そして、帰責対象の上昇経路を辿れば天皇がその終着点であるかと思えば、天皇でさえも皇統というより上位の伝統に連なっているに過ぎず、究極の最高価値の地位は抽象的・観念的な伝統によって占められるために、責任は最終的に霧消されてしまうしかない。丸山は、こうした抑圧の移譲構造こそ、近代的主体の存在しない日本社会の病理だと診断したのである。

 「抑圧の移譲による精神的均衡の保持」という日本の病理は克服されたとは言いがたい。
抑圧の移譲は同調圧力へと姿を変え、SNSの機能を通して、瞬時に集団を対話や討議抜きの画一化へと追い込んでいる。

  末広嚴太郞は初代水連会長として、「練習10則」を作っている。1939年のことである。
 第六則 レース前の練習に当っては毎夕毎晩、体重を測れ。もしも朝の計量において体重の回復が十分でないことを発見したならば練習の分量を減らさなければならない。
 第七則 スランプは精神よりはむしろ体力の欠陥に原因していると思わねばならぬ。いたずらにあせるより、思い切って二三日練習を休む方がよろしい。

 

 彼は戦後GHQの求めに応じて、労働三法制定に尽力し東京都地方労働委員会会長や中央労働委員会会長を務めた。「練習10則」と労働三法は無縁ではない働く権利は、休息する権利と一体である。

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