哲学者のギャング体験 |
「人に話したこともめったにないけれどもね。ぼくは終戦直後に京都から疎開した。・・・四国の多度津・・・そこに二ヶ月くらいいたかなあ。そのあいだ、国鉄の四国鉄道局の嘱託として・・・占領軍の鉄道輸送部だが、の通訳をしていた。・・・確か十月の中旬か下旬だったと思うが、マッカーサー司令部が命令を出して、全国の銀行を捜査したことがあった。金貨銀貨を銀行が隠してもっているだろうという疑いで、急に摘発をやったんだな。全国いっせいに指令が来てね。いわば銀行襲撃ですよ、ギャングみたいなもんだな。 ・・・隊長がぱくを呼んで、おまえ戦争中何をしとったと聞くから、ぱくはファシズム反対の雑誌に関係していて、そのため二年間ほどほうり込まれていたと言ったら、よし、そんならいっしょに行こうといって、握手を求めて手を差し出した。・・・兵隊たち十数人といっしょにトラックに乗って町の銀行を急襲Lにいった。何という銀行だったかな、多度津の第何とかいう銀行ですよ。兵隊たちは自動小銃をかまえてまさに銀行ギャングですな。お客さんは震えているし、支店長出てこいといって、ぼくがいちいち隊長の通訳なんだ。そして、支店長室に案内させてね、支店長、震えとったなあ。・・・そして金貨銀貨を隠しているはずだ、出せ、とこういうわけですよ。事実案内されて土蔵みたいなところへいくとそこにありましたよ、白い布袋につつんだ銀貨が。で、勘定してレシートを書いて支店長にわたして引きあげました。そんな事件があったですよ」これは哲学者の真下真一が、鶴見俊輔との対談で語った体験である。
地方銀行の支店でさえこうした事件が有った。大都市や東京の銀行ではもっと大きな事件=銀行強盗があったと考えられる。
米軍占領直後の1945年9月30日日曜夜8時頃、日銀本店を兵士を乗せた米軍装甲車が取り巻いた。着剣の兵士を従えたGHQ経済科学局クレーマー大佐であった。名目は銀行観察で日銀首脳部も集合を命じられ別館に待機した。彼は、日銀内部の各室を巡視する筈だったが、肝腎の鍵をもつ看守に帰宅を命じてしまった。月曜からの監察は厳重だったが、クレーマーの機嫌は悪く焦った表情で、時々怒鳴り声が聞こえた。だが地下の大金庫を見て、彼の機嫌は直り笑みさえ浮かべたらしい。金庫が空けられた後は、役員も遠ざけられ詳細な調査がおこなわれ、午後四時半頃までかかった。その有様は、当時の日銀総裁渋沢敬三が書き残している。
そこには日銀本体の他に、「資金統合銀行」と名付けられた組織の大金庫があった。敗戦直前の1945年5月設立されている。日銀の別動部隊と言われ,多額の資金がここから軍需関係に注ぎ込まれたと推測されている。推測されていると書くのは、実態は闇に包まれ現在に至っても解明されていないからである。
クレーマー大佐の怪しげな査察以降、不思議な事件が相次ぐ。先ず、GHQで接収貴金属管理をしていたマレー大佐事件。米本土で軍事裁判にかけられ、10年の判決を受けたが詳細は日本には知らされなかった。容疑は日本から10万カラットとも言われる大量のダイヤを持ち出したことにあった。マレー大佐も日銀を調べたが、終えて帰国した時,ダイヤが発見されたからだった。彼はそれ以前にも休暇で帰国した際、妻に着服したダイヤを渡したり現金に換えていたことが分かっていた。名前が知られている事件ではヤング大佐事件がある。日本航空スチュワーデスが関与した事件もある。また、退蔵貴金属調査に関わった重要人物の不審死事件もあった。真下真一が関わった地方銀行支店に於ける「強盗」事件は、報道も記録も無い。
一体日本にはどれだけの貴金属があり、どれだけ持ち出されたのか。「接収貴金属等の処理に関する法律」は1959年。
第一条には「この法律は、連合国占領軍に接収された貴金属等で、その後連合国占領軍から政府に引き渡されたもの等について、公平適正かつ迅速に、返還その他の処理をすることを目的とする」と書いてある。
この法が成立した時点で、日銀地下の接収貴金属はダイヤに換算して16万1283カラットと発表された。
貴金属が集められたのは1944年夏から年末。集めた軍需省は「ダイヤモンドは目標の9倍、白金は2倍」と発表したが、肝腎の目標額は伏せられたまま。松本清張は買い取りに使った資金から逆算して、138万4615カラットにはなると推理している。
1949年国会で、マッカート資金と言われる金が鉄道会館や造船業界に流れてはいないかという質問が出ている。マッカートは、GHQ経済科学局長でありクレーマーやヤングの上司であった。
このマッカート資金=M資金と噂されるものには,フィリピンやインド関係の「財宝」までが含まれるようになる。
「M資金」がどのように実在し虚偽であるかは、今尚不明。だがそれ故に、この情報に児玉誉士夫や小佐野賢治らが群がり、全日空や富士製鉄までが巨大で荒唐無稽な詐欺に引っ掛かってしまう。
続く
0 件のコメント:
コメントを投稿