子どもを「賞金稼ぎに育てること」と「子どもの尊厳」は決して両立しない

 

 「高度成長期にあった一九六七年の新聞のテレビ欄を見る。今と大違いなのは子ども向けアニメ番組の数である▼「魔法使いサリー」 「リボンの騎士」 「悟空の大冒険」…。午後六時、七時台を中心に一週間に十を超える作品がひしめく。子どもがたくさんいた時代らしい▼創成期のアニメ業界は子どものためによく働いてくれたものだと今さらながら感心する。」   2023/07/23 東京新聞「洗筆」



 高度成長期は子どもが大勢いたから、子ども向けアニメ番組が増えたのか。そうではないだろう。時代が大人が政治が子どもを大事にしていた。僕は団塊の世代だが、祖父母や両親、大叔父、大叔母そして近隣の大人達が「もう、この子たちは戦争に行かなくても済むんだね」と、ことあるごとに庭や路地で遊ぶ僕らを眺めながら語っていたのを思い出す。彼らにとって、「戦争放棄」は掛け替えのない喜びであった。

 今憲法そのものを槍玉に挙げる風潮の中で、大人たちは子どもの何に喜びを見いだしているのか。子どもをどこに向けようとしているのか。行政もメディアも子どもを「ゲーム」漬けにするのに躍起だ。全生徒に配布されるパソコン端末は「ゲーム」し放題。TVは公営ギャンブル中継の類いが花盛り。これは子どもを将来の「カジノ」予備軍と見て、期待しほくそ笑んでいるからに他ならない。子どもの尊厳はどこに行った。生きた存在そのものが大切ではないか。不確か極まる「稼ぎ」とは無関係でなければ尊厳は無い。善意のつもりの親や教師や行政が「稼ぎ」高に目を奪われた途端、大人から「子どもの尊厳」は消える。行政も教師もmediaも、愚かな「博奕」打ちになろうとしている。

 ソニー生命「将来なりたい職業」調査によれば、一位・youtuber 二位・プロe-sportplayer  三位・起業経営者 そして五位にはゲーム実況者 六位プロsportplayer  が2021年男子中学生に選ばれている。手っ取り早く稼げることへの圧力が高いことが読み取れる。

 こうした少年たちが大人になれば、稼ぎの少ない親や学校、資産の無い親や老人を蔑むに違いない。資産額や地位だけに目が向き、人間の尊厳への関心は絶滅する。既に政治はその方向に突っ走っている。出来れば資産や地位だけを残して消えて欲しいと言わんばかりに。大谷人気さえ所詮は資産価値にすぎない。球団にとっては観客動員収入、fanにとってはマニアグッズの値上がり。囲碁将棋人気も所詮は資産価値。

 この異常な狂気は「フランス人のペタンク好きや嵐寛寿郎の掃除好き」と比べるとよく分かる。このことについては、当blog「平凡な自由」は青い鳥ではない に書いた。https://zheibon.blogspot.com/2019/12/blog-post_23.html

 われわれは、仕事やスポーツを人生の楽しみとして捉えることが出来ない。いつも勝ち負けや成果、そして興行資本の日程に縛られている。これはとてつもない不幸だ。 


米国制作「ベトナム戦争映画」にアメリカ先住民=インディアンが登場することは無い。何故なのか。

  合州国のベトナム戦争映画では、黒人やヒスパニックへの差別や偏見もあからさまに描かれる。だが、先住民=インディアンが登場することは無い。何故か。 

 合州国では黒人やヒスパニックは差別と偏見の対象であるが、先住民=インディアンは今尚「殲滅」の対象であり続けるからだ。 だから先住民=インディアン殲滅そのものをテーマにした騎兵隊西部劇映画には事欠かない、特に日本で好まれる。これも珍妙な現象である。           

 アメリカ「独立」宣言(1776年)から100年以上も経った

1890年12月29日、Wounded Knee Massacreが起きた。無抵抗のスー族インディアン一団に対する騎兵隊の民族浄化作戦である。虐殺を実行の第7騎兵隊には勲章が授与されている。

 英国から「先住民のいる新大陸」へたどり着いた清教徒は最初の冬(1620年)を越せず大半が死んでいる、辛うじて生き残った彼らを全滅から救ったのは神だろうか。こんな祈りをした者がある。

 わたしたちのうちの十人が、千人もの敵を相手にすることが出来るのを見るとき、また、わたしたちの植民地の成功を見て人々が「主よ、ニューイングランドのようにして下さい」と賛美と栄光を表白するようになるとき、わたしたちはイスラエルの神がわたしたちのなかに臨在されることを見いだすであろう。なぜなら、わたしたちは「丘の上の町」だからだ。全世界の人々の目がわたしたちに注がれていて、もし始められたこの仕事に関してわたしたちの神に不忠実であれば、神はわたしたちから去ってしまわれるのであり、わたしたちの物語は世界中に言葉によって知られるようになるからなのだ。(ジョン・ウインスロップ、マサチューセッツ・ベイ植民地の初代総督)

 そうではない、衣食住に難儀を極めた清教徒は現地の先住インディアンの好意(先住インディアンにとって、難渋する者に手を差し伸べることは「人間」として当たり前のことであった。)に助けられる。これを「神の思し召し」と見做し、インディアン殲滅を勝手様々に「合理化」する為に「神」は利用された。つまり神の許可を盾に先住民を虐殺。 1000万人以上を数えた先住民=「アメリカ・インディアン」は、50万人に激減してしまう。

 清教徒の或いはキリスト教の見解によれば、神を理解するものを奴隷とすることは禁じられる。しかし清教徒は先住民=「アメリカ・インディアン」を奴隷化。同時に数々の作戦で奴隷労働力を殲滅し続けた結果、奴隷の供給源を失い奴隷狩りを旧大陸に拡大してしまう。


 米軍指揮官ジョン・チヴィントン大佐は、メソジスト派牧師長老だった。或年の州議会議員選挙で演説している。  

  インディアンに同情する奴は糞だ!・・・私はインディアンを殺さなければならない。そして神の天国のもとではどのような方法であってもインディアンを殺すことは正しく名誉あることであると信じる。小さいのも大きいのも、すべて殺して頭の皮を剥ぐべきです。卵はシラミになりますから。


 建国の父にして第一代大統領ジョージ・ワシントンは、イロコイ族絶滅作戦で、

 「彼らを徹底的に根絶やしにするように」と指令し、殺したインディアンの皮を剥ぎとらせ、軍装の飾りにさせ、「インディアンも狼も生贄となるべきけだものだ」と述べている。


 清教徒は、先住民を対等な「人間」と認識することは無く、彼らにも守るべき土地・家族・文化があると考えることさえ出来なかった。彼らは旧約聖書に依拠しながら新大陸を約束の地カナンと見做して今尚占拠拡大して止まない。米国がIslael に加担しPalestine侵略と虐殺を積極的に支援するのは、米国の成り立ちに於ける先住民殲滅と略奪略奪を認めたくないからだ。

 同じ理屈は、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ各地植民地化の「錦の御旗」として高く掲げられ夥しい虐殺・略奪を欲しいままにしてきた。  


  「すべてを共有する」というインディアンの文化では、土地は誰のものでもなく、みんなのものだった。


 1973年スー族保留地内の「ウンデット・ニー」で、スー族と「アメリカインディアン運動 (AIM)」が同地を占拠し、「オグララ国」の独立宣言を行った。この「ウンデッド・ニー占拠抗議」には、全米からインディアンが応援参加した。この非武装の先住民たちに対して合州国と州政府は戦車や武装ヘリで鎮圧。

 2003年、約100年に及ぶ先住民=インディアンの運動によって「カスター国立記念戦場」は「リトルビッグホーン国立記念戦場」に名称変更され、「インディアン記念碑」が建立され、地図と解説の書かれた石壁が設置された。この石壁には次の文言が彫り込まれている。

 “The Indian Wars Are Not Over.”



   追記 2023/07/27 nhkのbs1で 「世界のドキュメンタリー選 ▽われらの土地われらの手にハワイ立ち上がる先住民」を放送する。番組案内にはこうある。
 かつてハワイでは土地は王のものとされていた。しかし19世紀後半以降、多くの土地が島外の人の手に。現在は絶景を望む海沿いの土地の多くが富裕層に買占められ、米軍に騙し取られ、先住民は祖先の墓に行くこともできない。オアフ島では今、ホームレスの4人に1人が先住民だといわれる。失った権利回復の闘いを続ける先住民たちの思いを伝える。 原題:Hawaii The Native Resurgence(フランス 2022年)
 米軍と自衛隊に苦しめられている沖縄先住民へのこの上ない励ましでもある。こういう番組は日本のメディアには望むべくもない。

人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。救えよ救え。子供・・・魯迅『狂人日記』

 

  ファシズムとは・・独裁者の言葉に突き動かされるのではなく、そんたくや自己規制、自粛といった日本人の『得意』な振る舞いによって静かに広がっていくということだ。  辺見庸

   授業以外の校務分掌や部活そして決定権のない会議が教師の日常を埋め尽くす。それらに共通するのは、抑圧され叩きのめされた批判精神と連帯の不能性だ。批判精神も連帯も自由な授業を通してのみ教室で共有され市民社会と結び合う。

 抑圧が一時的なら、人の精神は反発する。新鮮な知的可塑性が躍動するからだ。しかし血中酸素が切れるに連れ組織は壊死して悪臭を放つ。学ぶ青少年が抑圧された学校も、悪臭を放っている筈だ。それが仲間苛めや自殺、万引きなど不良行為として現れるのだ。これが自然界なら、異臭を嗅ぎつけた生き物達か瞬く間に食べ尽くし、環境を浄化する役割を担うウジ虫やシデムシもハゲタカも健康な社会には欠かせない尊い存在だ。見かけに引きずられ歪んだ判断をウジ虫やハゲタカに下すおのれの「健全」性を疑いたい。

 だが社会は「悪臭」に馴れてしまう。馴れること無く自由に知的可塑性を維持する者は迫害され始める。忖度はこの時、迫害する側に生まれる。

 社会が健全なら、仲間苛めや自殺万引きなど不良行為は自治的に克服される。忖度など要らない、それが風通しの良さだ。   

 今日の社会は、不快の源そのものを追放しようとする結果、不快のない状態としての「安楽」すなわちどこまでも括弧つきの唯々一面的な「安楽」を優先的価値として追求することとなった。それは、不快の対極として生体内で不快と共存している快楽や安らぎとは全く異なった不快の欠如態なのである。そして、人生の中にある色々な価値が、そういう欠如態としての「安楽」に対してどれだけ貢献できる ものであるかということだけで取捨選択されることになった。「安楽」が第一義的な追求目標となったということはそういうことであり、「安楽への隷属状態」が現れて来たというのも又そのことを指している。       藤田省三『安楽』への全体主義『全体主義の時代経験』

 もしある大学の入学式学長式辞がこの『全体主義の時代経験』に触れたものであったらと想像したくなる。なぜなら今大学に必要なのは、大学運営の風通しの良さの指針としての学生自治と学問の自由の砦としての教授会自治だ。 僕が想い浮かべるのは、国立大学の独立行政法人化が厳しく批判されていた時期・2010年頃だ。

   今この国では、猫や犬等が自然から「人為」的に切り離され「かわいい」ペットとして売り買い、狂ってはいないか。 同様に青少年が自由な市民生活から隔離され、ペット化される。現実の政治や市民活動から遮断された「人為」時環境で行われるのが「模擬投票」と名付けられた「政治教育」。毎年繰り返される制限だらけの八百長儀式。少年達は吹き出したくなるのを堪える。彼らが選びたいのは校長、生活指導方針や担任。学校行事や溢れる「序列」を変えたいのだ。・・・こうして少年達は次第に確実に「政治嫌い」「政治アレルギー」になる。それ故彼らは選挙権を手にするや、投票に無関心となり投票率を下げる。「部活」に狂っていた高校生が卒業と同時にsportsしなくなるのと同じ構図。

 これこそが「模擬投票」教育の狙い。人が人らしい社会を建設する行為としての政治そのものから若者を遠ざける、それはまさにヒトがヒトを喰うことではないか。魯迅は『狂人日記』の結末で主人公にこう叫ばせる。

 「知らぬままに何ほどか妹の肉を食わない事がないとも限らん。現在いよいよオレの番が来たんだ・・・ 四千年間、人食いの歴史があるとは、初めわたしは知らなかったが、今わかった。真の人間は見出し難い。・・・人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。救えよ救え。子供・・・」

「たまには他人の立場になって考えなさい」

 

 一つの事件について語るとき、片側にだけ立って考えてみる公平さが必要です。たとえばあなたは、何も分からずに生きている愚鈍者は生きるイミがないといっているが、彼らの立場で彼らの幸福について考えて見たことがあなたにはあるだろうか。もしかしたらたった一輪の野の花が咲いていてよかったと考えることがあるかも知れないと思ってみるくらいのやさしさを持ちなさい。


 こう言ったのは寺山修司だったか。「何も分からずに生きている愚鈍者は生きるイミがない」との部分は、まるで石原慎太郎を名指するかのようだ。重度障害者の病院を視察した石原知事は「ああいう人ってのは、人格があるのかね」「絶対よくならない、自分が誰だかわからない、人間として生まれてきたけれど、ああいう障害で、ああいう状況になって」「ああいう問題って、安楽死につながるんじゃないかという気がする」などと会見で発言している。知事として初当選の99年の事だ。しかし寺山修司は83年に没している。

  石原は68年議参院選全国区に自民から立候補。史上最高の301万票で当選。75年都知事選では美濃部亮吉に挑戦し敗れ大きく挫折。97年衆議院に鞍替え反共を旗印に「青嵐会」を結成。寺山修司は未来の首都に不気味な思潮が吹き荒れることを感じていたのだろうか。


  「自分」があれば、「他分」がある。相手の立場にたって考えることが、我々の社会でどれほどあるだろうか。

  たとえばフィリピンで日本人将兵の慰霊祭、ここで50万人が死んで日本人関係者は涙する、感泣、慟哭する。これが自分。

 だが日本軍は現地のフィリピン人を100万人も殺しているのに、殺されたフィリピン人は慰霊祭から抜き去られる。ここには他分はない。


 官僚的宗教国家「イスラエル」には過剰に「自分」=シオニズムが満ち溢れ、古くからの住民パレスチナ人は暴力的に絶えず抜き去られている。宗教国家イスラエルには「他分」はあり得ないかのようだ。

 だがパレスチナ解放戦線(PLO)側には、右派も左派も「他分」で結束する。PLOはイスラエルの民との民主的共存を目指しているからだ。

                    

  「他人の立場に立つ」ことがこの学校社会でありうるか。今学校で時間や費用が割り当てられるのは、「公(おおやけ)」事である授業ではない。陽があたるのは、いつも部活や行事そして受験。これらは「公(おおやけ)」事だろうか、「私」事=「自分ごと」ではないか。  たとえば「卒業」は、学業が成就し学位を得た「私」個人の単なる通過点であり、それを祝うのも家族や友人たちの私的集まり。「部活」の中身は個人的な楽しみ。受験は個人の進路や興味に基づく選択。それらが集積巨大化し官僚化を経るにつれ、ゲゼルシャフト化し

て疑似「公」の色彩を帯びる。集積し官僚化の過程は、個々の特性は打ち棄てられ効率が優先する。こうしてゲマインシャフトはゲゼルシャフト化する。「他人の立場に立って考える」ことは、たまにであってもなくなる。アメリカ人に、原爆投下について「他人の立場に立って考える」よう促すことが絶望的であるように。我々にとって「北朝鮮の立場に立って考える」事が想像すら出来ないように。でも「たまには他人の立場に立って考えなさい」

言葉は平明に、門外漢や年寄りを分からない言葉で分断排除してはならない。

 アラート /  コンプライアンス  /  ステークホルダー    /    ダイバーシティ   /    エビデンス / アジェンダ /  ペンディング  /   フェーズ /  インクルーシブ  ・・・・  と横文字で武装しさも最先端専門家気取りが流行るのは何故か。

 服や車や化粧品の色までレッドやパープルそしてネイビーなどと表示して売る。この国には豊かな色彩感覚があった筈、粋な名称が使われてきた。それは殆ど無限と言ってもよい程だ。我々は豊かな色彩感覚とそれを表現する能力を無くしたのだろうか。英語風がかっこよくインテリ風でクールならば「一般大衆」が使う言葉はダサイことになる。誰にも分かるという言葉の平等性を破壊して、横文字に精通する自己の優位性が嬉しいのか。

 こうして単語が際限なく増殖するたびに、古びた言葉が無秩序に積み上がる。

 それがモノなら厄介極まる「ゴミ屋敷」や廃棄物の山として人々の意識を刺激して、否応なく解決策を模索することになる。はじめは「ゴミ屋敷」主人の心理や行動を好奇の眼差しで眺めたり鼻をつまんで揶揄する。怒りと暴力が拡がる時期もある。だがやがて全ての人の尊厳を回復するコミューン=共同体の創成に至る長い過程が否応なく模索される。

 1872年東京府知事が発令した「違式註違条例」というものがある。この条例は刺青、男女混浴、春画、裸体、女相撲、立小便、肩脱ぎ、股をあらわにすること、街角の肥桶などを、軽犯罪として細々と禁止した。「廃刀令」「断髪令」等と文明開化を焦る明治政府は文明のかたちに煩かった。 不平等条約を受け入れてしまった日本の支配層は欧米キリスト教徒の、日本のあれがこれが文明的でない野蛮であるとの視線に極度に神経過敏になった。

 幕末の江戸では若い女性が路地で行水を使っていた。それほど治安が良かったのであり、裸は美しいものであっても猥褻なものではなかった。それはむしろ誇るべきことである。しかし若い女性の行水に、英国婦人が野蛮と眉をしかめれば忽ち裸禁止令を出した。盆踊りや裸足が槍玉に挙がった所さえある。

 「恥ずべきでないことを恥じる、そのことが恥」なのだ。他人の尺度でしかものを考えない卑屈さは、「文明国」にない筈のものに対する傲慢過酷な眼差しを生んだ。 通りすがりにたまたま目に入った現象を非難する「文明人」の一瞬の嫌悪の感情は、所詮深い考察を伴うものではない。例えそこに注目すべき視点があったとしても、我々は我々の社会の実態を踏まえて、判断をしなければならない。肥桶が臭いと言えば、それは安全で良質な肥料であり、数百年わたって百万都市の衛生を担って成功していたことを説けば良い。それが矜持というものである。矜持を捨てて何が「文明」か。

      『患者教師・子どもたち・絶滅隔離』(地歴社刊)    から

 明治日本が手本にした大英帝国のキリスト教的「倫理」観は、世界的普遍性からは大きく隔たっていた。その独善極まる植民地主義は、未だに悍ましき大規模殺戮と差別の源となっている。「通りすがりにたまたま彼らの目に入った現象を非難する一瞬の嫌悪の感情」は特殊な「私事」にすぎない。彼らの内輪の掟に過ぎないことを、自国の民衆に強制する過ちを文明化と呼んだ。

 違質な価値観を持つ国同士が出会うとき、対話で何が可能なのかを探りながら学び合うことが外交に他ならない。学び会うことで互いの世界観を豊かに拡大出来る。しかし強大国に忖度すれば、歪みを生む。それが太平洋戦争を引き起こし、原爆投下に至った。 


 「文明国」にはない筈のものとして槍玉に上がった一つが、浮浪「癩」者だった。少し学べば、浮浪癩の実態は貧困であることに気付く。文字通りの文明国であれば、貧困の放置こそ恥ずべきであった。病気は不運なものであっても恥ずべきものではない。


  違式(いしき)は「御法度に背く」、註違(かいい)は「心得違い」と意味をとらせている。ことさら難しい漢語を使って恐れ入らせようとの官僚の魂胆が見える。おかげで各種の解説・手引き・図解の類いか数多売れた。馬鹿馬鹿しい話だ。


 共同体の可能性は、社会に対する深い洞察と長い忍耐から生まれる。「違式註違条例」の如き「その場しのぎ」は僅かに残っていたコミューン=共同体の欠片さえも破壊してしまった。

 政治屋も官僚も企業も大衆もそして文化の担い手までも、横文字に執着する。何を怖れて執着するのか、世間に同化出来ない自分に追い詰められてか。中身がない、中心がない、数値化されて「傾向」だけが加速する。


 アラートって何?・・・とマゴマゴしている間にが土石流が襲い、原発が爆発しかねない。皆が知っている言葉を探せ。アラートは、警報・コンプライアンスは、法令遵守・ ステークホルダーは、利害関係者・・ダイバーシティは、多様性や多様化・ペンディングは、保留で十分じゃないか。横文字に馴染みのない門外漢や老人にも容易く通じる。広く正確に通じてこそ言葉である。それが言語の美しさの基本。コミューン=共同体は、言葉や生活の共同性を基本にしている。


   学校に蔓延する「部活が命」の傾向に怯える教師達も、よき授業・綿密に準備した授業を待ち望む青年達が待ち受けていることに盲目だ。 部活は私事にすぎない、授業こそ公事であり良き授業は生徒の権利であり教師の義務だ。


  校舎に入賞した部活や名門校合格者数の垂れ幕を並べることが学校の誉れか、一見全体の立場から発するかに聞こえる軽薄な掛け声に流される-それが安逸のファシズムの始まりだ。異議を唱える者を事前に排除して完成する、心地よい全体主義体制。

 公の性格を持たせた「部活」は今や全国を覆い「官僚制」化し暴走、公教育を駆逐している。政府や自治体が担う公=おおやけの仕事が利潤の最大化を目的とする企業に任される。 今や日本では、雇用者全体の僅か1/17が公務員。 これはOECD諸国では最低率。教育にも医療にも福祉にも、公=おおやけは大きく後退して「私」益が前面にでる。それは選挙によるコントロールが効かなくなることを意味する。 


 追記 異文化との出会いで大きな貢献をなした日本人もある。中浜万次郎、大黒屋光太夫、南方熊楠、阿倍仲麻呂、杉原千畝。 個人としての日本人は可能性を秘めているかにみえる。しかしこれは日本人だけの特性では無い、英国人も中国人も米国人もそしてあらゆる民族が個人として異文化と接したとき、双方に大きな足跡を残している。 

エクアドルは憲法第5条で平和のために闘う、日本国憲第第9条は闘いを政府に命じていないか

   エクアドルが現憲法を制定したのは2007年。憲法はエクアドルが平和国家であると規定、他国がエクアドルに軍隊を置くことを禁止している。軍隊の役割は、自衛だけに限られる。 

 エクアドル憲法 第五条

 エクアドルは平和国家であり、軍事目的のために諸外国がエクアドルに軍事施設を置くことは許されない。 

 諸外国の軍隊に、エクアドルの軍事基地を受け渡すことも許されない。 

 国際平和と軍備縮小を目指し、私達は大量破壊兵器の開発と所有に強く反対し、軍事目的の為にある国が、他の国の領地に軍事施設を置くことにも反対する。


 エクアドルマンタ空軍基地は港湾都市にある。コカイン密売監視を口実に米空軍が使用していた。1999年に米国がエクアドル政府と基地駐留を10年間認める協定を締結したことに基づく。エクアドルのラファエル・コレア大統領は、両国が対等である証として米国がフロリダ州マイアミにエクアドル空軍基地建設を認めない限り、アメリカにマンタ基地の利用を認める協定を10年の期限で終了させ、同協定を更新しないと通告。2008年3月19日にエクアドル憲法制定議会はエクアドルにおいていかなる外国の軍事基地も非合法化した。

 中南米を自国の裏庭と言ってはばからない米国が、エクアドル軍の米国内駐留を容認する筈がない。協定は失効。9月駐留米軍が引き揚げ、外国軍の駐留は一切なくなった。

 エクアドルは政情不安定な南米アンデス地方の、人口1800万に満たないの貧しい国である。それ故に毅然と外交によって平和と独立を実現する。

 兵営を破壊して教室を確保するのは中南米の奥深い伝統に根ざしている。

 ホセ・フィゲーレス(元コスタリカ元首)が、「コスタリカの常備軍すなわちかつての国民解放軍はこの要塞の鍵を学校に手渡す。今日から ここは文化の中心だ。第二共和国統治評議会はここに国軍を解散する」と宣言したのは1948年12月1日。

 エミリアーノ・サパタと共にメキシコ革命を代表する農民軍指導者フランシスコ・パンチョ・ビリャに常備軍廃止の思想的淵源を見ることが出来る。彼はこういっている。

 「新しい共和国が樹立された時には、もうメキシコには軍隊はなくなるだろう。軍隊は独裁の最大の支柱だ。軍隊がなけりや、独裁者もありえんね」・・・「われわれは、軍隊を働かせるつもりだ。共和国全土に、革命軍の古参兵を集めた軍人入植地を作るつもりだ。州が耕地を与え、大きな工場をつくって古参兵を働かせる。週のうち三日は、軍人は徹底的に働く。真面目に働くことは戦うことより重要で、真面目な労働だけが、立派な市民をつくるんだ。」  

 青年カストロは、マルティ生誕百年を記念して「百年記念の世代」と名乗りモンカダ兵営を襲撃、革命闘争に立ち上がっが襲撃は失敗。逮捕されたフィデル・カストロは、非公開裁判で自からを弁護「歴史は私に無罪を宣告するであろう」との有名な弁論のなかで、マルティこそが「7月26日の知的作者」だと宣言したのである。それ故革命後、先ず全土でことごとく兵営を教室に変え、識字運動を展開したのである。そのホセ・マルティが キューバ革命党を立ち上げのは1892年であった。           

g7のg はguerre(仏語で戦争)か

   米軍駐留は明らかな憲法違反。日本政府は闘わないどころか、辻褄合わせに条約を憲法の上に置き自ら費用まで負担、従属。それが80年にもなろうとしている。
天皇を自称した戦犯筆頭老人は、自らの私有ではない琉球を住民ごと占領軍に差し出す恐るべき「忖度」振り。これほどの悪徳、誰も容認出来はしない。

 従属の度合いは底なし沼のように限度がない。自称g7の持ち回り議長の座に浮かれる首相は、g7サミット取材記者の接待所をサミット会場内に設営。豪勢な飲食に記者たちは街に出ようとはしなかった。

 g7にはその存在を裏付ける根拠は一切ない。そもそも何者からも選ばれてはいない、単なる自称。世界中を我が儘勝手に植民地化して、guerre=戦争を拡大する国々に「平和」や「核なき世界」を口走る資格があろう筈がない。広島に原爆を投下した国の大統領は原爆資料館に核ボタンを持ち込んだという。

    


質素な教具と授業・貧しさの矜持

 繰り返し思い出す旅の光景がある。一つは北京の繁華街王府井での事。

 蒸暑さと人の多さに疲れて、木陰の老婆からアイスキャンディを買った。彼女は、断熱用の布団に何重にもくるまれた木籍から商品を出し素朴な包み紙を取り中身だけを出し「三毛(当時の交換レートで10円)だよ」と言った。包み紙は丁寧に伸ばして重ねられ木箱の上に置かれた。

 キャンディは山査子とサッカリンの微かな甘みがあった。あんなに美味しいキャンディを僕はその後知らない。一息ついた僕たちの前を、いかにも教師らしい二人が嬉しくて堪らないという表情で歩いて来た。男性の白髪老教師と若い女教師。それぞれ両手にどっさり教具らしいものを抱えて、声も弾んでいるのが判かる。老教師は歩みを止め、前方を指さし語りかけた。二人の会話が少しだけわかった。

 「折角の北京、名物でも食べようか」

 「賛成、やっと来たんですものね」

 「あそこはどうだろう」

 「素敵・・・そう・・・でも、私まだ買っておきたい物があるの。子どもたちの喜ぶ顔を見ましょう」

 「ウン・・・そうだね、戻ろう」

 粗末だが清潔な上着と黒い布靴の二人は、何日かけて北京に着いたのだろうか。寝台車に乗れば彼らの給料は飛んでしまう。街のコックは千元を嫁ぐが、教師は大学教授でも月給百五十元、(1元は30円余りだった)と聞いた。

 僕はある年、北京郊外のかなり高級なホテルに泊まった。精算するとあまりにも安い。間違いだろうと問うと

 「これでいいのです。今、年に一度の「教師節」で、先生たちの日頃の労苦に報いているのです。外国人教師も例外ではありません」と笑った。

  事程左様に、教師の給与は安いのである。だから王府井の二人は、帰りも硬い座席車に乗るに違いない。駅から村までは、破れた床から地面が見えるようなバスで更に半日は揺られるだろう。二人を見送りながら、貧しさの中の節度を想う。

 辺りには中国最大の書店、文具店、百貨店が軒を連ねる。書店に並べられた粗末な装丁の本は何れも手垢で背表紙が黒ずんでいる。学生達は参考書売り場に群がり、問題集を広げては議論し、そして買わない。理科の教師用指導書の大部分は身近な材料を使っての実験器具づくりに充てられていた。


 もう一つは、哈爾滨動物園での事だ。 檻の前で小さな日用品を並べ賭けに客を誘い、またたく間に金をまきあげる若い女。動物を見に来た筈の男たちが、動物には目もくれず、賭けに群がり、警察のサイレンと共に散り再び集る。

 ここは日本より広い黒龍江省随一の行楽地でもある。高さ3mの軌道を走る小さな人力モノレールに興じるのは大人たち。子どもはパトカーやサイドカーの形をした電動カートで狭いサークルを廻ってご満悦。

 肩を組んだ中学生らしい少年二人が、弁当箱を手にやって来る。満面の笑み、今にも歌い出しそうだ。檻の前で一つひとつ説明を読み、熱心に動物を観察し、何やら話し合う。やがて弁当箱を振り回しながら隣りの檻に移ってゆく。こんなに仲の良い少年を見るのは久しぶりだった。彼らも粗末だが洗いたての木綿の上着、破れかけたズック靴、髪は散髪したばかり。早起きして二人は、生れて初めての大都会を旅している。母親は星のある時間に起き、息子のために弁当をつくった。父も母もこの一日、遠い都会に出た息子の安否を気づかい落ち着かず、夕方になれば何度もバス停の方角を振り向かずにはおれない。夕餉のひとときは一家中が、小さな白熱灯の下でこの日の大冒険を語る少年に耳を傾けたに違いない。


追記 40年も前のことだ。今は姿を消した旧式の教具やありふれた動物に心ときめかせる国の平等な貧しさが、反転して眩しく迫る。今、僕らは生徒の意識を授業に向ける為に、過剰に刺激的で珍奇な「物」、痺れる味わいの事件掘り出しに躍起だ。 肝心の授業構造や論理はそっちのけ、ともかく惹き付けなければというわけだ。コンピュータも駆使して、真偽不確かなデータに教師までが翻弄される。某はその筋で教祖に登りつめ、手軽かつ見栄えするネタに若い教師を誘う。しかし感覚を痺れさせる教材の香辛料には限度がない。刺激に飽きた生徒を、教室に向わせる仕掛けはエスカレートして止まない、アメリカではすでにこれで失敗した。新たな刺激のために教師たちは初めは意欲的に働らき、やがて燃え尽きたのだ。

 授業は質素に限る、落ち着いて中身を精選充実させよう。奇を衒ってどうする

王様に貰ったミカン

 深酒して 終電車に乗り遅れ、交番で補導された事がある。身分証明を見せると、巡査は慌てて「失礼しました」と敬礼した。修学旅行引率では、宿の仲居さんから面と向かって「先生はどこ」と聞かれた。「僕です」と答えると、仲居さんは 一瞬呆然の後 生徒と一緒に大笑いした。引率されたのが二十を...