夏休み明けの気分の重さと自殺の多発

  二学期は心機一転巻き直しがない。一学期は担任もクラスも変わるから、すこし希望がある。しかし、二学期は一学期に出来上がった人間関係を前提に、行事が目白押し。
 担任は無神経に「クラス一致で頑張ろう」とけしかけ、周りもむやみに盛り上がる。人間関係のちょっとした失敗は、誰にもある。行事はそれを修復することもあるが、たいていは失敗の上塗りに終わる。行事は、親密な者同士はより親密に、不仲な者をより疎遠にする。体育祭も、文化祭も音楽を使って、場のテンションを高く保ちたがる、おかげでみんな気持ちよく統制され、半ば酔うのだ。その不自然さが、嫌だった。明るい賑やかさの中に、ファシズムの匂いがする。

  小学校三年生の頃、1950年代終わり「もはや戦後ではない」の掛け声に乗って、鹿児島の片田舎にもパチンコ屋が乱立した。崩れ落ちそうな空き家が、突然パチンコ台数十台を土間に据えて営業し始めた。パチンコ台の音だけでも煩いのに、人を呼び込む景気づけに軍艦マーチが大音量でかかっていた。祖母たちは、耳を押さえながら「すかんがー、やぜろしかー(嫌だー聞きたくない、煩い)」と言いながら駆け抜けるのだった。祖母の姉も妹も戦争で夫を失い、子ども戦死していた。遺骨さえ戻っていない。僕はマーチのリズムに足が揃いそうになるのを堪えるのに困った。 
 NHKが毎日夕方4時すぎ、ハイケンスのセレナーデで始まるnhk「尋ね人」の時間になると、集落中が静まり、子どもたちのの遊び声も祖母たちの裁縫や炊事の手も止まった。子どもにも、その静寂が意味するものが伝わった。放送が終わると、どの家からも深いため息が漏れ、再び元の集落の生活音が戻るのだった。
 「もはや戦後ではない」の掛け声やパチンコ屋軍艦マーチの賑々しさは、戦争で身内のほとんどを失った者の悲しみと怒りを無理やり押さえつけるものだった。

 夏休み明けの気分の重さは、それに似ている。もっともらしい掛け声と共に、一人ひとりの思いはかき消されてしまう。校庭や教室・廊下の佇まいまで一変して座る場所さえなくなる。
 
  学校から全ての式を含めた行事を無くしたい。クラブで研究発表をやりたければ、任意の日を設定して、廊下・階段やホールを利用してやる。他にもやりたいグルーブがあれば日をずらす。駅や地域の掲示板へのポスターも自分たちで作り貼って回る。地域の人や他校の生徒に公開したければ、公民館と交渉する。演劇や合唱をやりたいグループも、昼休みに中庭や大教室を使う。体育祭類似のものが欲しくなったら、学校と交渉して一日を空け、sports dayとして、学校のあちこちで、当日エントリーの競技を楽しむ。入場式も、得点集計による表彰もない。競技はどんなグルーブでも参加でき、審判も自分たちで工夫する。放送もない。演説がたまらなく好きなら、昼休みの中庭を使う。ピアノやバイオリンなどの演奏も。
 日常の授業は、継続する。授業がつぶれたり無くなったりするのがいいのなら、いつでも好きな時を選んで個人なり友人誘い合って、学校を休めばいい。全てが個人の決意と工夫に委ねられるのである。
  入学式も卒業式もない。従って鬱陶しいだけで怒声飛び交う予行もない。始業式や終業式に替えて、最初の授業と最後の授業だけがある。修学旅行もない。ただ授業の延長としての実地研修が、グループごとに夏休みに行われるだろう。少人数だから辺野古や南京にも行ける、日程にも縛られない。ドイツでは、アウシェビッツに一週間泊まり込んで、作業しながら学ぶschool excursiontがよく行われる。

  こうして二学期初めの自殺の大方は避けられるのではないか、普段の自殺も少なくなる。自殺は一つの辛さだけでは、なかなか踏み切れない、どこかにいくつもの逃げ場が残っている。複数の辛さが複合して、どこにも逃げ場がないとき自殺は起こる。home roomはそういう時のためにある。
 だからクラスが競争や非日常的行事、叱責・処分の場や単位となってはならない。常に穏やかで開かれた安全がなければならない。それゆえ、個人は其々の不条理や暴力とも闘いうる。
  クラス優勝や表彰の賞状が教室に飾られ、優勝杯や楯垂れ幕が校舎や廊下を占拠するのは最悪の光景である。ひとり一人の存在そのものの尊厳だけが、我々の自慢でありたい。甲子園出場も数学オリンピック金メダルも「誰かがビリにならなきゃいけないのなら、私がビリなってもいいでしょ」も断じて等価である。

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