抑圧者は自由な知性を恐れる

ピノチェト軍事政権下チリにおける焚書・1973年
笑いながら記念写真を撮る神経を恐ろしいと思う
  ハンセン病療養所には、全く不可解な「処分」があった。伝染力が強く「ペスト並み」に恐ろしいと国民に吹聴して絶滅するまで患者を隔離した筈だった。だが、患者が「アカ」くなると、人気のない海岸や河原に捨てたのである。追放された患者は少なくない。ハンセン病療養所以外での治療は禁じられていたから、追放されれば病気は恐ろしく伝染して大騒ぎになるはず、少なくとも隔離主義者はそう考えて当然。にもかかわらず、患者を組織してを主張したり、世間へ訴えたりする可能性のある者は「追放」した。ハンセン病隔離を主張する者たち自身が、伝染の危険性を信じていなかった何よりの証拠である。

 昭和23年(1948)当時、私は患者自治会の青年団長になって活動を始めていた矢先だった。
 九州帝大法学部を出たAさんという現職の検察官が患者として入所して来たのは、その頃のことだった。十歳ほど年上だったろうか、Aさんは療養所の生活を
 「憲法に照らして間違いや違反が多い。許されることではない」と言って、宮崎松記園長の所に直談判に出掛けて行った。私にとつては園長室に行くというようなことは途方もないことでびっくりしたが、Aさんは宮崎園長に
 「園のやっていることは憲法違反だ。まったく間違っている」
と何度も主張したらしい。
 その翌日、Aさんは園長から「あなたの病気は心配なくなった。斑紋さえ切り取れば退所してよい」と言われ、右の腕だか左だったか、斑紋の部分を切除する手術を受けて、恵楓園にはわずか二週間ほどいただけで出て行った。当時としては、とても考えられないことだった。
 退所する前にAさんは私に、戦後新しい憲法が出来たこと、憲法は最高法規であり、憲法に抵触した法令は無効であること、さらに新しい憲法には基本的人権が保障されているこせなどを青年団の詰め所で、詳しく教えてくれた。そして、去る前には五、六冊の憲法に関する本を「あなたに差し上げます」と置いていってくれた。その本を私は貪り読んだ。戦前の憲法を私はよくは知らない。新憲法を初めて読み、前に見た「らい予防法」が明らかに憲法違反であることを初めて、そして、はっきりと自覚した。        ハンセン病療養所菊池恵楓園 荒木正

 収容後、誤診が判明し療養所を去る例はあった。誤診なら退所も正式だろう。1961年多磨全生園「収容患者移動表」には、開園以来累計患者数6816名のうち非癩71名とある。百人に一人は誤診だったことになる。しかし1952年も71名である。少なくともこの10年間、誤診は多磨全生園ではなかった訳である。この検察官の場合が誤診であった可能性は零に近い。また再検査の結果が僅か一日で出るだろうか、斑紋切除を治療とは言い難い。これは密かな追放である。

 A氏が患者集団の一人として闘えば、隔離する側には未経験の脅威になる。らい予防法を憲法違反の視点から指弾するのは、1998年「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟までない。50年分の破壊力が秘められていたことになる。
   癩業界にとってその危険性は 「ペスト並み」どころではない。A氏が在園する限り、「園のやっていることは、憲法違反」の声は、権力内部専門家のお墨付きで全国に伝播するだろう。
 既に憲法は入園者の共通財産、闘いの武器となりつつあった。
     拙著『患者教師・子どもたち・絶滅隔離』地歴社刊、より引用加筆


 1942年、泥沼化する中国との戦争に苛立つ日本軍大本営が、計画的に行った、シンガポール(日本軍は昭南島と呼んだ)における虐殺事件があった。日本軍憲兵隊は2月19日、シンガポール青壮年男子の華人に、市内数カ所への集合を命令。「昭南島在住華僑18歳以上50歳までの男子は21日正午までに指定の五つの地区に集合すべし」(日本軍司令官布告)この最初の3日間の大検証は、第1次粛正と言われるもので、3月上旬まで第3次粛正と3回続いた。この3回にわたる「大検証」(粛正)で、在シンガポールの華人約5万人が殺されたと言われる。
 その対象は、「元義勇軍兵士・共産主義者・略奪者・武器を隠している者」とは名ばかりで、「学校教師・新聞記者・専門職・社会的地位のある者」のほか、「小学校以上の学歴所有者」「財産を5万ドル以上持っている者」なども含まれ、実際は、日本軍に犯行を企てる可能性のある知的要素のある者全てという、恣意的なものだったという。



追記  都立大学の文系学部学科を潰して、首都大学東京に再編したのも、現政権が国立大学人文・社会科学系部門を縮小しようと画策するのも、かつての「ハンセン病療養所」における追放と同じ狙いがある。国民を、社会的・歴史的・経済的諸現象の実態や真実から隔離して、都合のいい愚民に仕立て上げたいのである。

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