何十の金メダルより、たか子と同級の子どもたちの振る舞い

 イギリスには、「全英カタツムリ選手権大会」がある。この奇妙なレースの優勝者は、シェラレオーネまでカタツムリを探しに行った。おかげで彼のカタツムリは、2feet(約60センチ)を2分15秒の「俊足」で駆け抜け世界記録を打ち立てている。
  同じくウエスト・サセックス州ティンズリー・グリーンでは、「世界ビー玉選手権大会」が開催され、専用競技場まであって80年以上の歴史がある。このほかにも、犬まで使った本格的ネズミ狩りに命を張る人やミミズの競争に心血を注ぐ変人の類いがわんさかいる。かつてイギリスには地球平面協会もあった。世界で初めて山岳会をつくったのも、1857年の英国人である。だから世界の山岳会のなかでイギリスだけが、国名をつけないでThe Alpine Clubと名乗れるのである。愉快で頑固な人たちである。
  イギリスのgreeting card.売り場には、変わったものがある。退職祝いである。日本でも少しはあるが「ご苦労様でした」と引導を渡すものが殆どで、さみしい印象がある。イギリスのものは華やかで、まさしく祝いである。早めに引退して、極めてマイナーな趣味や研究に没頭する願いが叶うのを、祝福するのである。

  数年前、模型列車の長距離走行記録更新を目指す男たちの奮闘を、BBCが番組にしたことがある。日本のTVならお笑い芸人が、煩く画面に顔を出し、何の役にも立たない悪ふざけを展開して、見ている者をうんざりさせる。 だがこれは淡々と、主催の模型愛好家に語らせて、数日前の準備から終わりまでをまとめたものだった。イギリスらしい田園の公道に、模型の線路を延々と繋ぎ、交差点や本物の鉄道の踏切を克服しながら、ひたすら完走を目指す。公道だから、模型の走行は夕方から朝までを交通止めにして行われた。電源が切れたり、モーターが故障したり、脱線したりいろいろな厄介が起きるが、それに挑む模型愛好者たちの姿がよく撮れていた。近所の人たちも子ども連れで見物に現れ、結局 明け方ギリギリに一チームだけがゴールしてお終いになったと記憶している。開会の挨拶も閉会の表彰もなかった。 

  こういう人たちには、オリンピックのスケートで4回転半ジャンプをしようが、10回転して着氷しようが、金メダルが取れようが、たいした事ではない。1人ひとりのマイナーな趣味が優越する。少なくとも同列だ。同様に僕には、水上勉『知恵遅れについて』の、たか子と同級の子どもたちの振る舞い←クリック の方が、オリンピックのどんな記録よりも何十倍も賞賛に値すると思われる。
  英国や欧州のメディアには、オリンピック競技やplayerの詳細がくどくどしく表れる事はない、国政上の重大問題報道を妨害して政権を利する事もないのはその為である。オリンピックなど「祭典」の過度の狂乱騒ぎは、良い塩梅に相対化される。

   対ナチスドイツ戦に於けるチャーチルの功績を絶対化することなく、自分たちの生活のなかに相対化して、あらゆる予想を覆して労働党に勝利をもたらしたのは、こうした国民性である。個人の存在価値を他者に委ねない、意識がこうして維持されたのだと思う。それが時には熱狂する国民意識を相対化して、階級意識を鮮明にする。だから戦争後の消耗仕切った時期に、Beveridge Reportを法律化して「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家を実現出来たのである。

  2020年東京オリンピックのメイン会場建設費は、2520億円にも達し、2000年以降の全てのオリンピックメイン会場建設費の合計額2480億円を上まわっている。←クリック これを狂乱とずして何というか。たいした数にもならない日本のメダル数に浮かれている間に、政府はポンコツの米国製殺人兵器を空前の規模で買い込んでいるのだ。その分、福祉や医療介護の自己負担は増えつづける。
  競争的「祭典」を相対化出来ないのがこの日本人。どちらが上か決めずにはおれない。日米の無謀な戦さえして、負けてしまったら、あっけなく従属するのである。もう70年以上独立の気概を自ら放棄している。

 もしスケートや体操の大技などに感動したければ、それも個人的な嗜好である。自前で競技を招致して、それが無理なら選手個人を有志で招待して、演じさせ存分に賞賛すれば良い。
 他人の懐に手を突っ込んで「おもてなし」と浮かれるな。「全英カタツムリ選手権大会」は自前であるから品格がある。やれる範囲で楽しめ。他人も同じように感動しているなどと思われては困る。

追記 江戸時代の日本にも世界に類例のない「算額」奉納の習わしがあった。学ぶ事が、出世や儲けと無縁の時代があったのである。それを破壊したのは、富国強兵策。浮かれ増長して、自己を見失ったのである。


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