足並みの合わぬ人を咎めてはいけない

 「聞けわだつみの声」は、死と犠牲を賛美するロゴスに満ちている。高校の卒業生答辞には、部活と行事への懐古と賛辞が満ちて、日々怠ることなく勝利を目指した自己犠牲に涙する。70年を経て変わらぬ構図がある。知的閉塞性、他者への無知と無関心。
 ソローは『森の生活』で
「足並みの合わぬ人を咎めてはいけない。彼はあなたが聞いているよりもっと見事なリズムの太鼓に足並みを合わせているのかも知れない」
と言っている。
 ぎりぎりのメンバーで苦労している部活で「明日の試合に出られない」という申し出があった時、気持ちよく不戦敗を決断する、ということがない。「かけがえの無さ」が裏返っている。一人が全体の犠牲になるのがこの国の「かけがえの無さ」なのである。「お前がやってくれなければ・・・みんなが・・・」という物言いに、我々は疑問符を付けられないでいる。

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