「賢くなった野郎ども」についてのジョゼフ・ジャコトの説

  ジョゼフ・ジャコトの場合、学生は19世紀初頭の大学生である。ある程度の「能力」は前提として考えられる。しかし僕の場合、学区最底辺校である。
 だが実際に授業すれば意外な好反応に、凍結硬直していた僕の精神が、まず瞬時に解凍された。しかしその反応の解釈が進まない。暫くして気付いたのは、個性差が他の学校に比べて非常に大きいことであった。それは遠足の時の私服から感じた。流行にかかわりなく、互いに真似したり同調した形跡もなく多様で似合っていた、その伸び伸びした雰囲気は「偏差値の高い」受験校と変わりない。
 そして、質問が違う。わからないこと自体を聞くのではなく、どこで、何を見ればいいのかやどう調べるのかを問うのである、あくまでも自分で調べようとする者が多いのだった。このことには、次のS高校に転勤して、質問が単なる事項に留まる生徒が多いことから思い当たった。迂闊だった、なぜ自分で調べることにこだわるのかを、KH高で調べておくのだった。しかしKH高ではそれが一般的であったからこそ、僕は気付かなかったのだ。次のS高はほとんどが受験して、教員も入学者の偏差値を上げることに目の色を変えていた。不思議であり、又当たり前なのかもしれない想い、この疑問を生徒たちにぶつけてみた。何度かやり取りをして解ったのは、「受験は、何故を問わず結果だけを単語と言う形で問うからではないか」だった。そうか、だからS高では、穴埋め式のワークシートを使う授業や穴埋め問題50 問式のテストをやる教師が多かったのか。
 KH高の前に僕がいたMH高も大学受験者は多くなく、しかし入学する生徒たちの成績は幅広く分布していた。ここでもKH高と同じような質問をする生徒が多数派であった。
 法政大学出版局の ジャック・ランシエール著『無知な教師』が、ジョゼフ・ジャコトを取り上げている。日本では彼を風変りな教育者として揶揄する雰囲気がある。正当な評価を期待したい。

  ジョゼフ・ジャコトは フランス革命に参加した軍人、教育者もであった。帝政期に国外追放、ネーデルランドに亡命。大学でフランス文学を教えることになったが、ジャコトは現地の言葉を解しない。学生はフランス語を知らない。
  にもかかわらず、結果はジャコトの予想を上回る。学生たちは徐々に文筆家の正統なフランス語を話し、書くこともできるようになったのである。一体何が起こったのか。
  彼が授業でやったことと言えば、フランス作家の『テレマコス』の対訳本をを学生たちに渡して、対訳本を見て自分でフランス語を学び、書かれた内容をフランス語でジャコトに言うことを、通訳を通して指示したこと。授業の間、ジャコトはフランス語については何も教えていない。『テレマコス』の内容についてフランス語で学生に様々に問いかけ、注意を喚起し、フランス語で話しかけていただけで、学生にはフランス語についての知識や文法解説等が何も「説明」を与えらなかったのである。
  ジャコトはこの経験を考察、様々な実験を行っている。その結果彼がたどり着いた結論は何だったか。

 まず彼には、すべての人がことばを話す以上、知的平等は目的ではなく知的平等はすでに存在している、という前提がある。更に彼は、人類共通の知性のコードはないと言う、だから人は他人に理解させ、他人の知性を理解するためには、自らのすべての技を意識的に動員しなければならない。つまり我々が学ぶとき、カーナビのように手助けするものはない、各自が自らのすべてを覚醒させて其々の知的地図を、そのたびに描かなければならない。カーナビに当たるのが「説明」である。カーナビは特に未知の土地では便利だが、我々の地理感や好奇心は衰弱する。
 「説明」がなくても学生たちは学びうることをジャコトの学生は証明した。理解できない無能力な生徒が「説明」する教師を必要としているのではない。逆に「説明する教師」が、無能力な生徒を必要としているのではないかとジャコトは言う。
  無能な学生とは何か。blog「何もしないことをする・誰が無能なのか」の後半で、数学に天才的な能力を見せる少女と対する教師のことを書いた。無能な生徒は、教師がつくるのである。
  ジャコトの「説明とは教育学の神話にすぎない」はこういう文脈で理解できる。
 自らを優秀と自認する者は、物事を単純なものから複雑なものへ、部分から全体へいう手順で理解していく。優秀と自認する者が劣るとみなした人を自らの状態に引き寄せようとすること、それを「説明」と言う。
 理解できない人や劣った人が説明を欲しているのではない。説明を行うことで自らを常に上位に保つために無能力な者が期待されている。

 教える者と学ぶ者の意志は一致するという点では、どんな教師も変わらないが、知性の関係は大いに異なる。「説明する教師」の場合、学生の知性は教師の知性に向かう。その結果、学生の知性は常に教師の知性に従属し、教師を越えることはない。ジャコトの場合、学生の知性は彼の知性とは関わらない。何故なら彼は、フランス語の説明はしていない。学生の知性は、『テレマコス』という書物や作家・作品自体の知性に直接結びつくのである。学生は「説明する教師」に支配されることなく自らの知性の力を存分に発揮させることができる。それゆえにジャコトは自らを〈解放する教師〉と呼んだ。たいして「説明する教師」は「愚昧化する教師」と呼ばれることになる。「愚昧化する教師」とは、教育方法を熟知した優れた教師のことである。このような教師は、その素晴らしい教授法によって学生を魅了し、教師なしでは物事が理解できないと学生に思わせ、学生の知性を働かせなくさせる。学生の知性を働かせなくさせる点では、暗記や穴埋めばかりさせている教師も、教授法に優れた教師も同じなのだ。

  このジャコトの説に巡り合うまで、僕はKH高で起きた一連のことをうまく説明できないできた。研究会でも驚嘆されはするがそれまでであった。しかしジャコトの説を知ったとき、僕はKH高からS高に異動、KH高は統廃合で消滅した。KH高の管理主義的雰囲気に僕は何度か退職を考えた。しかし生徒たちとの授業(blog「いきなり賢くなった。・・・質朴な生徒・・・それがよくなってきた 1、2、3、4」)打って変わって充実した発見と自己研鑽の日々であった。幻かと思うことがある。

  ジャコトが説明をせず、学生を『テレマコス』という作品や作家の知性に直接結びつけたように、僕は敢て「難しく、わかりにくい」ことを承知で、人文・社会科学の先端の話題や論争、時には自然科学まで、僕自身が面白く重要だと考える素材を日常を起点に直接授業にした。だから、僕の語りを通り越して、その奥にあるものに生徒たちは結びついたのではないかと思う。もう一点、我田引水をしたい。それはジャコトが自らを「解放する教師」と位置付けたことに係わる。ジャコトと学生の間には言葉以外に互いを隔てるものはない。しかしKH高の生徒と教師の間には、管理主義的あるいは能力主義的偏見の厄介な壁がある。それを破らなければ「解放する教師」とはなりえない。この件については(blog「いきなり賢くなった。・・・質朴な生徒・・・それがよくなってきた 1」)をご覧いただきたい。最初の、教師たちがもっとも忌避したクラスでの出来事である。
  KH高の授業評価アンケートで、難しい授業と判らない授業は、毎年断トツ一位で僕の授業であった。教室で生徒に詫び言を言うと
 「先生の授業は、あれでいいの」と皆して様々に言う。
 「難しいからいいし、判らないことが一旦判って、判らないことが増えるのがいい」とも。そういう反応を期待してはいたが、面と向かってそういわれるとほっとする。
 「では、今まで通りでいいのかい」と問うと
 「次の授業までの、中途半端なもやもやが楽しみ」
 「不安だからいい」と言う。
 「では僕の君たちに対する評価注文を言おう、・・・満点。ただしもっと無遠慮な質問があると嬉しい」というと
 「先生の授業は質問が出てくるのに時間がかかるよ、やっぱり難しいや」と。

  当時の日記2003年3月27日に面白いことが書いてある。
 「一年生の答案に、授業中に、しかも僕が喋っている間にさえ質問する生徒がいる事への愕きと、何でもない日常的な事が次第に複雑で難しい問題になっていく事の面白さを述べているものがあった」

追記 今、痛感するのは、彼らに張り付けられた「低学力」というレッテルは、社会的にあるいは政策的に造られたものだということである。「底上げ」は簡単なことであり、我国の学力分布の特徴である低学力層の厚さは克服できるていうことである。
 問題は、「低学力」が政策的に形成されたことにある。これは政治闘争・階級闘争の範疇である。熾烈な抵抗と懐柔が予想される。



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