黒人知識人自縄自縛と「底辺校」教師の苦悩

 南北戦争後、ボストンに住んだ黒人エリートたちは、能力主義が人種主義を克服すると信じ、黒人の生活の実態を見ようとはしなかった。第一次大戦で、黒人は人口比以上の徴兵に協力したが、軍内部で差別を受けた。人種は厳格に分離され、黒人兵は勇気を疑われ、戦闘部隊ではなく補給や雑役に回された。そして、戦後アメリカに帰った黒人兵士たちを待ち受けていたのは、人種暴動とリンチ。1919年末までに、30件の暴動、80人がリンチ殺人。うち14人が火あぶり、うち11人は元兵士。
 黒人知識人の多くは自縄自縛に陥る。人種差別はある。しかし、黒人への特別な配慮や対策を要求したり、黒人が団結して抵抗してしまえば、本来あってはならない人種という区分を許すどころか強調することになる。やるべきは、人種カテゴリーの解体だから、差別は個人の努力と才覚によって乗りこえるほかないのか・・・。
 人種主義を直視し、正面から受けとめるべきだという声は同時代の黒人からも上がった。現実に対して目をつぶっていては何もできない。

   日本の「底辺校」の教師たちも、ボストン黒人エリートたちと同じ立場にいる。世間は学力が低迷する者たちの、学力や生活習慣などといった個人的問題以上を見ようとはしない。「底辺校」の教師たちは、個人的問題以上の、階層の問題があることに気付きはする。しかし個別に補習を施して個別に脱出を試みるのみだ。階層構造はそのままに順位の入れ替えにはしる。「努力したものが報われる」と。貧困の連鎖も個人の努力と才覚によって乗りこえるほかないのか。たとえ大学に入れたとしても、奨学金破産が待っている確率は低くない。
 「仕方ないじゃないか、ほっとけないじゃないか、どうしろというのだ」その通りだ。しかしそれではこの地獄の存続を助けるだけだ。貧困の連鎖は人を替えて、深くなる。

 人種問題に比べれば、その気になりさえすれば解決は単純で早い。学力というカテゴリーを解体するだけだ。そして、学力=地位=所得の結びつきを無効化する。既得権を持つ者が猛烈に抵抗するだろうが、既得権や特権は、何時でも直ちに廃止しなければならないものである。
 どんな職業に就いても、ほぼ平等な所得を保障する。すると、生徒や学生がこう言う。「それじゃ、頑張って勉強する者が居なくなってしまう」。それでいいのだ。学ぶ事か好きな者が学校に通えばいい。患者が好きになれない者が医者になる必要が無いのと同じである。現に、キューバでは医者になる学生は、収入に惹かれて医学部に入るのでは無い。人々に奉仕したいという動機で選んでいる。従って医者の所得は、他の労働者よりはむしろ低い。学歴・学校歴差別もなくなるだろう。
  そして全ての入試は廃止する。毎年の進級試験が事実上の「入試」になる。これは厳しくする。だから大学全体の定員を増やす必要は無い。公立高校は一番近い高校に入る。どうしても名門に拘るなら、希望者の少ない高校を名門の分校舎にする。教師も一番近いところで教える。希望するクラブが無いと言うならば、何処のクラブでも自由に入れるようにする。授業も同じ。小手先の工夫はいくらでもある。指定校推薦も姿を消すから、高校生も推薦書を気にして諂う必要がなくなる。遠距離を通学する高校生が減るから、通勤電車は楽になる。教師も近いところに通うから、概ね徒歩か自転車だ。全体では通勤手当が劇的に減る。入試が無くなれば、大学も高校も、普段の授業に打ち込めるだろう。入試に伴う費用も。数十万円数百万円単位で節約できる。
 塾や予備校などの受験産業は要らなくなる。この非生産的分野の資本と労働者は、人手不足に喘ぐ福祉・医療や伝統工芸などの生産的分野に回るだろう。塾の跡は、保育園や幼稚園に使える。入試の廃止には先例もある。イタリアである。

   大いなる不安がある。制服の無い高校でも、生徒達は「なんちゃって制服」で揃えてしまう。そこまで同一であることに拘るのに、何故仕事の待遇を平等化することや学校間の格差を無くすことには嫌悪感を顕わにするのだろうか。ここが、入試廃止の厄介なアキレス腱になるとおもう。
   僕らは、平等に絶えられずに、見かけの画一性に逃げ込むのだろうか。かつて「八紘一宇」「五族協和」を声高に叫んだくせに、現地では暴力的な差別と虐待に明け暮れた我々なのだ。実質的平等を回避して、言葉の上の平等に酔うのだ。平等と自由が結びついていない。
   制服やなんちゃって制服で同調することは、実は内部を揃え画一化して、他校との差別化を誇ることである事に気付かねばならない。高校生も大学生も労働者も、思考停止に追い込まれ、互いに連帯できないのだ。我々は地獄を自作している。

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