バレリーナの階級意識 

バレリーナも労働組合員である
 フランス全土170カ所で「年金守れ」のデモがあったばかりだ。労働総同盟、統一労組連盟、連帯の3労組と全国高校生連合、全国学生連合が呼びかけ、フランス国鉄労働者も呼応してスト決行。年末になってパリ交通公団の大規模スト、弁護士・パイロット・医師らのデモに続く大行動だった。(こうした大行動の主体として高校生が位置づけられていることに注目せずにおれない)
 CGT書記長は「負担は増し給付は減る年金改悪に反対する最初の集中行動」であり、政府が対応しなければ、今後もさらに行動を継続する決意を示した。

 フランスの年金は、労働の特性に応じた多様な制度になっている。例えば、オペラ座のバレリーナは激しい訓練と舞踏を考慮して17世紀以来、42歳で引退し年金生活に入る権利を闘い獲得してきた。バレリーナの一人は「8歳からバレエ学校に通い、親元から離れて、毎日5時間の練習を続けてきました。17~18歳で、他くの人が慢性的なケガ、腱(けん)炎、疲労骨折、膝痛に苦しんでいます」と語り。別のバレリーナは、「42歳までレベルを維持することは難しく、まして(政府の年金改定案の定年年齢)64歳まで働くのは不可能」と訴えている。

 オペラ座とコメディ・フランセーズの組合員も、公演をキャンセルしてストに参加した。冒頭の写真はストに入り、劇場前で「白鳥の湖」を舞いながら文化の危機を訴える組合員たち。
 
  長い階級闘争に鍛えられた階級意識が、こうした闘いを国民各層に広げている。 
 仲間を出し抜いてタイトルやメダルを目指し、スポンサー企業からの高額契約獲得に鎬を削る日本の競技プロの発想とは、質的に異なっている。連帯の思想がない、仲間を作れず思いやることも出来ない。少年/少女までが競技プロ宣言して賞金稼ぎや契約獲得に走る風潮を、恰も希望や進歩であるかのように囃す光景を僕は背筋が凍る思いで見る。

 海外のチームから高額の費用をかけて移籍させたメンバーの活躍で勝利を得て、民族・国境を超えた「ワンチーム」の成果と酔い痴れるのなら、過酷な労働環境に喘ぐベトナムなどからの研修生に対しても「ワンチーム」同様の暖かさが表明されねばならない筈だ。死者や行方不明者を多数出しているにも拘わらず、研修生を「ワンチーム」と見ないのだ。酷い仕打ちである。スポーツマンシップに反していないか。大戦中、朝鮮人や台湾人を勝手に大日本帝国臣民として「ワンチーム」意識を強制。死に至る過酷な徴用労働や兵役に駆り立ておきながら、敗戦後は、一転して「ワンチーム」ではなくなったと外国人扱い。強制労働させた責任や補償から逃げている。
 そんな日本の姿をトンガからのplayerが知ったら、「ワンチーム」と囃されることをどう思うだろうか。

 金でメンバーを世界から集めて「勝利」を買い、舞い上がるのであれば、もはや競技自体を国単位でおこなう意味はない。オリンピックも国旗・国家を廃して、国家別のメダル数勘定の出来ない形態こそスポーツらしい国際性に相応しい。企業をスポンサーとして抱える競技団体が,公正であるはずはないのだ。ノーベル賞も例外としない。

 2018年2月28 日「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」と安倍晋三が 第183回国会施政方針演説で強調した。お陰で、政府は次々と巨大企業を以前にも増して優遇する。以前なら海外なら違法行為であったことも合法化した。だから憂いなしに利益の極大化に励むことが出来る。だからベトナム研修生や非正規労働者は、筆舌に尽くせぬ苦難を強いられ続けるのだ。

 無邪気なおばさんが、「「ワンチーム」のお陰でラクビーが好きになり、ルールも憶えました」と手放しのコメントをしながら、他方ではベトナム研修生のお陰で、製造業や第一次産業が支えられ、安い食材や加工品を口にしていることにも気づかない。徴用工の補償問題や研修生の労働条件や制度も大切な「ルール」ではないか。
 社会的無知はこうして量産される。そこに競技プロ化が関わっていることにplayer自身が「私は商品ではない」と強い怒りを表す必要がある。メディアへの露出度の高いsports playerには社会的責任がある。
 政府が競技に大幅な予算を組むのは、少年の夢を叶え国民の健康を増進するためではない。階級意識や社会的関心を抹殺するためである。企業が体育会系学生を採用したがるのも、体育会的体質が組合を忌避するからである
 フランスの労働者や学生だけではなく、我々にも階級意識が必要なのだ。テレビカメラの前で金メダルを火事って見せるプロ意識ではない。高校生が高い偏差値やスポーツ実績でで名門大学に合格して,飛び抜けた待遇を獲得することを当然とするのであれば、この国の働くもの=国民に生活向上はない。そこに連帯はないからである。


追記 徴用工問題について、「過去の個人請求権は1965年の日韓請求権協定で解決済み」という立場がある、安部政権もそこに執着している。確かに個人の請求権は国が肩代わりできるとするのが当時の国際的解釈であった。しかし、国際人権法が確立した後、この主張は根底的に退けられている。
 日本がこの国際人権法に加盟したのは1978年のこと。国際人権法を構成する国際人権規約B規約第2条3項は、「この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保すること」と規定している。ここで「権利」や「自由」を「侵害された者」には、
従軍慰安婦や徴用工が当然含まれる。
 国際人権規約B規約第7条は「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない」と規定。「従軍慰安婦」問題はこれに該当する。
 また第8条3項(a)は、「何人も、強制労働に服することを要求されない」と規定、これは徴用工の問題に当たる。
 それ故、元「従軍慰安婦」、元「徴用工」は、日本国に対して効果的な救済措置を要求する権利を持つことになったのである。

 国連中心主義を口で唱えるばかりが、日本外交であってはならない。誠実に具体的に国連の決定に従う姿勢を世界は注視している。

 国際人権法確立を経て世界各国で、国際人権規約に違反する
過去の行為への救済措置が実施されてきた。オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アメリカでは先住民族に対する謝罪と補償が行われた。アメリカは第二次大戦中に日系アメリカ人に対して行った隔離政策を謝罪、補償している。また、大戦中の強制労働問題ではドイツの「記憶・責任・未来」基金が設立され、謝罪と補償に当たっている。
 元従軍慰安婦や元徴用工に謝罪・補償するのは、既に国際社会の常識である。

「最適解」

最適解
 知り合いからのmailにある本の紹介があった。
 「子どもの頃、夏休みの宿題を夏休みの後半にしていた労働者は、長時間労働や深夜残業をする傾向が強いという研究もある」   『行動経済学の使い方』(大竹文雄、岩波新書)p.106

 知り合いは、この本を「人をどうしたら動かせるかという、何とも納得いかない研究」と評している。簡明な「批評」だと思う。「批」には、たたく、ただす、主権者が承認する、という意味がある。 「おべっか」と「おちゃらけ」と憎しみに満ちた上目遣いの評価許りを見聞きしていた僕には、久しぶりの涼しい薫風であった。

 小学生のころ隣の席の女の子は、有るとき「あのね、夏休みの宿題を先生はどうするか知ってる? 職員室に積んどいて、スタンプも押さずに燃やすんだよ」と耳打ちして笑った。だから彼女は宿題を殆どやったことがない、夏休みの宿題以外でも。ラジオ体操もサボった。「だつて、後でまとめて叔父さんがスタンプくれるよ」と平然としていた。
 その女の子が国体で活躍し1964年のオリンピック強化訓練に参加するようになるのだから、世の中は分からない。

 僕は夏休みの宿題は、受け取ったその日のうちにやり始めた。宿題が好きだったわけではない、寿司の盛り合わせを前にすると嫌いなものから先に口にする気持ちだった。はじめの数日で大方終わらせたが、どうしても残る。似たようなドリルが続くから見るのも嫌になる。でも宿題が残っている限り、落ち着かない。好きなことに取りかかれない。近所の探検や博物館や図書館に行くのもどこか後ろめたかった。残りが僅かになれば、安心して好きなことが出来る。

 彼女は担任に気に入られ、身近でいろんなことを観察できた。何も知らない僕は、我武者羅になる。
 しかし「長時間労働や深夜残業をする」ようになるのでは堪らない。子どもは大人の行動をよく観察をして、「最適解」を求める必要がある。小学生だった頃の妻が発見したように、「最適解」は意外に手近で手軽である。先ず平然とサボる。
 日本人の宿題漬けは外国から見れば異様である。小学生の頃から宿題に依存する性向を植え付けられた日本人が、世界で突出して働き過ぎ。死に至ってもやめる気配がない。
 会社で無闇に頑張ってはいけない。過労で倒れる前に、財務諸表を読み込み世界情勢を判断し、社内の勢力動向に敏感にならねばならない。あらゆる組織について同じことが言える。

 米国製兵器の爆買いや自衛隊の海外派遣が、日本の平和にとって「最適解」でない許りか、最悪解であることは歴史や世界情勢を観察すれば分かることだ。中村哲医師の生き様がそれを我々に伝えている。
 ブルキナファソのサンカラ、チリのアジェンデ、コンゴのルムンバ・・・最適解を民衆に身を挺して示した指導者は、悉く暗殺されている。
平和と独立を目指したが故に。中村哲医師も惨殺されてしまった、彼の指し示した方向を嫌悪する勢力は余りにも巨大であった。

バイクと高校生と言葉と階級

無知や貧困との闘い
 下町の工高で教えていた頃、夏休みにはバイクの事故で死者や重傷者が相次いだ。教師たちには心安まる暇はなかった。高校生は原付の免許を取るや否や、夜通しで三国峠を目指していた。連続するカーブが彼らを惹き付けた。
 僕のクラスでも免許を取る者が続出した。Tくんは学校近くに住んでいたから、通学には使わない。通学に使う連中は見つかれば停学だから、実にうまく隠す。生徒部が必死になっても捜せない。Tくんの成績は一気に危険地帯に入った。夜間遠出するから遅刻も増える。説教したり脅したりでやめる連中ではない。親も息子に、バイクを取り上げるなら退学すると脅されてお手上げ。事故現場の写真を廊下に貼っても、「先生、俺たちは生の現場を見てるんだぜ」と笑う始末。

 ある初冬の寒い日、Tくんが放課後社会科職員室に来て言う。
 「ちょうどよかった、話したいことがあったんだ」
 「だと思ってた。・・・でもよ先生、おれバイク売っちゃったんだ」
 「分かってたか、何ヶ月乗ってたんだ。思い切りが早いな」
 「二ヶ月、それがさ、雨が降った夜。一回りするつもりで出たんだけどさ、店のガラスに映ってる自分に気付いたのさ。オレ顔がでかくて、ヘルメットがちょこんと乗ってる。おまけに足は短い。それが雨に濡れてゴリラにのってる。格好悪いんだよ、恥ずかしくてうちに帰った。」
 「格好いいつもりだったのか」
 「笑わないでよ」
 「格好いいのはバイクだけか、高校生向けのバイクを売る会社は最悪だと僕は思ってるよ」
 「そんでよ、ここに来たのはさ。先生が教えた『立場』という言葉を思いだしちゃった。自分が見たり思ったりすることと、他人が見たり聞いたりすることが全く違うことがあるってやつ。それが言いたくなった」

 こうして高校生は、苦い失敗を経て「言葉をみつける」。三年になれば『政治経済』で階級の概念に出会う。彼は苦さと共に新たな言葉を獲得する。その時彼は商品としてのバイクから自らを解放する。学ぶとは単語を記憶する事ではない。

 バイクと高校生を巡って、どんなに多くの教師が、一体何度会議を重ねたことか。どんなに多くのレポートが綴られ、本が書かれ番組が作られたことか。すべてが無駄とは言わないが、その思いはある。多かれ少なかれ、それらは高校生に説教や処分を与える根拠となった。
 最大の問題は、バイクの魅力を上回る授業を構想出来ない構造と能力にある。我々とは個人としての教師でもあるが、偏差値の高い学校には重点的に予算と教師を回す行政でもあり、武器と金力に優しい政府でもある。
 黒澤明の『赤ひげ』で新出去定は、貧乏と無知に喘ぐ見捨てられた病人たちにこそ良い医者が必要と言う。「底辺校」にもとびきりの教師が必要なのだ。
 岡場所で心を病んだおとよが養生所に来ても気持ちがすさみ、保本登の差し出す茶碗を払いのけ割る場面がある。保本登は怒りもせず「かわいそうにな」と涙を流す。これが「底辺校」に必要な光景ではないか。匙に注いだ薬湯をおとよが撥ね除けても撥ね除けても、優しい顔して顔に着いた薬を拭いながら匙をおとよの口に運び続ける赤ひげの「強さ」が教師に求められる。毅然たる処分や体罰ではなく。
 御目見得医や金持ちの太鼓持ち医者並の教師が、管理職試験技術ばかりを肥大させて学会や研究会に巣くっている。
 SSH作りには夢中になるのに、その対極の高校生たちには説教と処分と体罰以外の手間をかけない仕組みを呪う。

 僕はおとよと長坊の20年後を思う。貧困と無知にどう立ち向かうのか。
 長坊もおとよも、保本や新出がいなければ札付きの非行少年/少女で終わった。

学級が「home」roomと呼ばれるのは何故か Ⅱ

homeは保守的である
 学級の呼び方には不思議なものがある。最右翼はlong time だろう。毎日の放課前の短い学級活動をshort timeと呼ぶのに対して、週一度の一時間を使ったものをlong timeと呼ぶようになったらしい。何やら風俗産業じみた言葉である。long home roomも落ち着かない。まるで縦が100mの教室を連想させる。
 世界各国の学校でhoom roomは使われているが、中身は大いに異なっている。
 日本の高等学校指導要領には、その意義が「自己の所属する様々な集団に所属感や連帯感をもち,集団生活や社会生活の向上のために進んで力を尽くそうとする態度を養う」と記され、団体行動や協調性が全面に出ている。

 米合州国の高等学校でhoom roomらしいものは、学期に数度の連絡伝達があるだけ。従って多くの生徒が自分のhoom roomメンバーをろくに知らない。授業前後に集まり、学園祭などの行事に取り組んだり、掃除や係の仕事を行う事もない。世界的にはこちらが標準。

 この日本のhoom roomの特異性を生んだ意識が、家庭や企業に於ける個人の位置や関係を著しく異様なものにしている。個人と集団の関係が逆転している。個人を学校や企業などの組織=おおやけに隷属すると考えてしまう。自立した個人が集まり、協議しながら「公=おおやけ」は作られるとは考えられないらしい。


 明治の鹿児島で小学校に通った祖母たちは、子どもは家に属すると考えていた。それ故行事は毎月、どんなに手間をかけても家の行事としておこなった。
 子どもに何かあれば祖母や大叔母たちは、家を代表して直接かつ対等に学校と対していた。決してPTAを通しはしなかった。小学生の僕から何か問題を掴んだ時は、数軒の同級生を回って問題を確かめ、直接学校や町役場と掛け合っていた。予算が必要であれば、町議会にも足を運んだ。


 号令と行進ばかりの「合同体育」が面白くないと不平を僕が言ったときには、「そんた兵隊の訓練じゃ、勉強じゃなか。そげなもんは出んでんよか、日本はもう戦争はせんとじゃ」と怒りを込めて僕を諭し、学校に走った。

 決して主張を曲げない婆さんたちだった。子どもは学校のものではなく、まして新憲法後は国家のものもはなかった。合同体育はいつのまにかなくなった。僕だけが下校していたのかもしれない。整列や行進を止めただけだったかもしれない。組合に勢いがあった時代でもあったから、職員会議で議論になった可能性は高い。志布志には機関区があり国労も自治労と共に意気軒昂だった。
 「あょー、うんだもしたん」と声をあげながら下駄をつっかけて、学校へ走る大叔母を思い出す。 

 「home」は盗んでも咎められず、貢献を強制されない領域である。存在自体が最大の貢献であって、そこから戦場や競争に向けて出撃する基地ではない。たかがタバコや数度の遅刻で目くじらを立てる場などではない。
 学級=home roomは再定義する必要がある。言葉を知ることは意味を発見することであり、思索の始まりである。高校生は言葉から、社会の実態や本質に向かう。

 担任は、クラスや学校への貢献を生徒に求めてはならない。貢献の度合いに応じて特権を付与することを恥じねばならぬ。存在自体を貴しとすべきことに気付かねばならない。担任は自分の学級の処分件数を恥じる必要は無い。 
 

 「国家が各個人にしいている支配服従の縦の人間関係倫理にたいして、家はすくなくとも国家よりは各個人の人間性を大切にするという意味で横の人間関係の倫理の芽ばえをもっていたわけだが、これは普遍的な倫理の形にまで一般化されることがなかった。サークルは、家の中でなりたっている相互扶助をひろげて行く過程で、よこの倫理を自覚的につかむことができるようにする」鶴見俊輔

 国家が、教委が、学校が「個人に強いている支配服従の縦の人間関係」であれば、homeとしての学級と少年/少女の関係は如何にあるべきで、何をなし得るのか。学級担任としての職責は何か。
 出世や受験などの成功を夫や子どもに懇願する家庭の風潮とは一線を画する必要がある。
 進歩的な親や教師すら、部活は少年/少女の権利だと思い込んでいる。入試や就職に有利になるのであれば、それは権利ではなく特権。教育から真っ先に排除すべきは特権である。そこから初めて権利が始まる。
 順位が決まらないと落ち着かず、噛み付くことが習性になったとすれば、ただの愚かな野獣だ。

  冒頭の日本画は、鏑木清方が樋口一葉を描いたものである。僕の記憶の中の祖母は、ランプを除けば髪型・針山付きの裁縫箱・着物や前掛けまで、この絵と何一つ変わらない。最も変わらなかったのは、彼女たちの生き方だった。

 祖母も大叔母も、戦中は将校の妻として国防婦人会で竹槍訓練の先頭に立った。その愚かな苦い経験が「馬鹿の考え、休むに似たり」との口癖となった。

「平凡な自由」は青い鳥ではない

自由は平凡の中にしかない
 引退したはずのイブモンタンらしい男が、フランスの田舎でペタンクをしていた。的の杭目がけて、鉄の球を投げる大人の遊びである。たまたま日本のマスコミ人が現場に居合わせて、『イブモンタンさんですか』と声をかけた。男は不快そうな顔付きになり、怒ったように背中を見せて立ち去った。
 いかにも日本のマスコミらしい無神経さである。誰もがマイクを向けられれば喜ぶと思い込んでいる。肉親を事故で失った悲しみの底にある遺族にも、『お気持ちを、ご感想を』と傍若無人である。

 マスコミの男がペタンクの雰囲気に引き込まれたのならば、「去りがたい光景の中の、日本人旅行者」としての自分を書けば良い。一日中眺めて、ペタンクをやらせて貰えば上出来ではないか。
 

  イブモンタンは歌手としても俳優としても栄華を極めた。毎日がフラッシュとマイクを向けられる日々であった。希代の英雄や苦み走った二枚目を演じても、それは監督や制作者の造った虚像であり、イブモンタン自身ではない。世界の女を痺れされるような歌を歌っても、それは制作者の意図に合わせているだけで、彼自信を表現したものでは無い。彼は、引退して初めて、平凡な日常の中にしか自由はないことを知ったに違いない。
 
 嵐寛寿郎は押しも押されもしない役者で、生涯に300本の映画を撮った。何度も恋愛し結婚離婚を繰り返したが、そのたびに全財産を別れる相手に贈った。銀幕や舞台の嵐寛寿郎は、彼自身ではない。
引退後の彼は、掃除が趣味で他人任せにせず楽しんでいた。とくに拭き掃除は念入りであった。
 前の天皇の末娘が地方公務員と結婚して、下町のマンションに住んだ。商店街での買い物が好きで、買い忘れがあれば何度でも往復した。商店街の女将が「言っていただければ、お届けしますのに」と言うと「とんでもありません、こんなに楽しいこと、何度でも自分でいたします」と、おっとりした口調で答えたと言う。
 
 『平凡な自由』(大月書店)を書いたとき、タイトルが過激だ、皮肉がきついなどと揶揄された。

 我々の自由は、オリンピックを誘致したり、カジノや博覧会建設に浮かれることにはない。毎日の通勤や登校途中に、道ばたの草花にみとれる楽しみの中にある。時折出会う幼児やお年寄りの姿に安堵して挨拶を交わすことにある。勲章やメダルを首にかけたり、天皇の即位パレードに「感激して涙を流す」ことにではなく、長い病みが癒えて木々の香りと暖かい空気包まれる中にある。

 だが中村哲医師が、命を賭けたのは、砂漠化した土地に生きる人々の『平凡な自由』を実現するためであった。それ故彼は殺された。すべてが商品化された社会では、自由も平凡も敵と見なされる。

 中村哲医師がノーベル賞に挙げられなかったのは、所詮ノーベル財団が商品化社会の申し子だからである。 

特権と成功

 或者、子を法師になして、「学問して因果の理をも知り、説経などして世渡るたづきともせよ」と言ひければ、教のまゝに、説経師にならんために、先づ、馬に乗り習ひけり。輿・車は持たぬ身の、導師に請ぜられん時、馬など迎へにおこせたらんに、桃尻にて落ちなんは、心憂かるべしと思ひけり。次に、仏事の後、酒など勧むる事あらんに、法師の無下に能なきは、檀那すさまじく思ふべしとて、早歌といふことを習ひけり。二つのわざ、やうやう境に入りければ、いよいよよくしたく覚えて嗜みけるほどに、説経習うべき隙なくて、年寄りにけり。『徒然草 第百八十八段』

   親の勧めで僧侶になろうとしてある男、「学問して因果の理をも知り、説経などして世渡るたづきともせよ」との言い付けを守った。話を頼まれたとき馬で迎えに来るから、馬から落ちて恥をかぬよう乗馬を習った。また法要が終わった後には酒宴になるからと歌と踊りを習い夢中になる、肝心の経文には身が入らない。そうこうしているうちに歳をとってしまった。


 間の抜けた話だが、よくある。『絞りかすみたいな、いい先生』には、そんな教師を書いた。←クリック

 あの若い国語教師が、なぜ
常軌を逸した生活指導に走ったのか。解せないのは手痛い失敗を経験した後も、更にそれを強化徹底しようとしたことだ。

  吉田兼好も、先に引用した部分の後でこう言っている。

 京に住む人、急ぎて東山に用ありて、既に行き着きたりとも、西山に行きてその益勝るべき事を思ひ得たらば、門より帰りて西山へ行くべきなり。「此所まで来着きぬれば、この事をば先づ言ひてん。日を指さぬ事なれば、西山の事は帰りてまたこそ思ひ立ため」と思ふ故に、一時の懈怠、即ち一生の懈怠となる。これを恐るべし。
 
 馬から落ちて笑われたり、無芸振りを謗られたところで何なのだ。僧侶なら説教に磨きをかければ良い。
 思えば発狂した彼は、長い間採用試験に失敗しつづけた。晴れて合格後、新任教師としてH高校に赴任したとき、生徒にも親にも同僚にも「信頼される教師になりたい」と思った。彼の場合、人一倍その思いが強かった。なまじ生活指導の手立ては、長い非常勤講師時代に見知っていたから「私がやればもっとうまくいく」という実践抜きの自信だけは膨れ上がる。

 実践抜きの自信の悲しさは、失敗できないことだ。 我々は失敗から学ぶことが出来るが、そのためには失敗の事実に向き合わねばならない。失敗が小さなうちに事実を認めねばならない。発狂した教師は、採用試験に失敗している最中は、力の抜けた勉強好きの教師で人気があった。
 待ちに待った嬉しい成功=採用試験合格が、彼を破滅させたのだ。合格しなければ彼は、型にはまらぬ希に見る良い教師になっていた、それは間違いない。非常勤講師だった彼がギター片手に教室に向かう姿を僕は羨ましく思った。教材と関係する歌を教壇で歌ってから授業に入るのだ。僕は根っからの無芸である、真似が出来ない。

 アロンアルフアという画期的瞬間接着剤は、剥がしやすい接着剤開発の失敗の中から出現している。

 しかし成功の願望には、他人の失敗がつきまとうことが多い。知らず知らずのうちに、他人の失敗を喜ばないまでも放置してしまう。

 それは、成功を特権の範疇に入れてしまうからである。成功を「特権」ではなく「権利」の範疇に入れて考える必要がある。発狂した教師を例にとれば、「自分が信頼される教師になる」ことと「みんなが信頼される教師」になることが一致しなれればならない。組合や教研や民間教育団体はそれを目指す組織であった筈だ。それが何時の間にか、自分だけの、抜け駆けの出世と自慢の場になっている。組合や教研や民間教育団体をリードする教師には、自他共に許す「実績」があるように見える。僅かな差に過ぎないが、それを不当拡大する機能が組織にはある。ここに「成功」が特権の範疇に包み込まれる危険性が潜んでいる。これは学校に限ったことでは無い。

 発狂した教師に同僚が声をかけることさえ出来なかったと聞く。悔やまずにはおれない。知らなかったことは言い訳にはならない。彼のいた高校まで駅三つの距離だった。

一攫千金は一人だが、膨大な数の貧困層を前提にしている

何かになるとは別の可能性を潰すこと
前者は困難だが、後者は容易く確実である
 アメリカ映画には、銀行強盗や詐欺を描く「悪巧み」ものがある。例えば『スティング』、『明日に向って撃て!』、『ゲッタウェイ』。観客は、無邪気に 「痛快」 「カッコいい」 「男前」などという感想をもらす。「非常に爽やか」「観終わった後も清々しい」と言う者まである。  ポール・ニューマンやロバート・レッドフォードやスチーブ・マックイーンなど人気俳優を主役にして、いかにも憎々しげで間抜けな「悪役」を相手に、派手な演技で犯罪を魅せる。 
 しかし殺人を伴う犯罪さえも、「痛快」で「清々しい」と思わせて、莫大な入場収入を稼がせてしまうには、何か理由がある。北米合州国建国の歴史自体が、先住民インディオ相手のイカサマと虐殺と略奪の「一攫千金」の欲望に満ちているからだ。イカサマと虐殺と略奪を、痛快で明るいこととして語らなければ、彼らの心は一刻も安まらない。

 真実を知れば、カリフォルニアとニューメキシコをメキシコ合州国に返還し、インディオに不平等交換と詐欺の条約で奪った土地を返還して、大西洋を彷徨う白人になりたくなるだろう。心の奥底にそうした疚しさがあるからこそ、暴力や侵略や詐欺を正義の明るい事業として描かずにはおれないのだ。原爆を落とされ、世界一不利な条件で基地を置かれている日本人が、これらの映画を「痛快」と見なすとは。なんたる奴隷意識。

 しかし日本だって「悪巧み」を美しく描くことにかけては負けてはいない。肉親殺しと陰謀に塗れた皇室を「万世一系」と偽り,軽率な藩主の愚行がもたらした逆恨みのテロを『忠臣蔵』に仕立て上げ、アジア侵略を『八紘一宇』と言い募った神経は、体制の威を借り民百姓を虐げ、インド以下的低賃金と不衛生に目を背けた姿勢と裏腹なのだ。サムライやサクラと武士道は、「悪巧み」による一攫千金を美しく飾り立てる虚構なのだ。それは、美しい桜並木を道路や企業看板のためにいくらでも切り倒す政治に現れている。

 『キューポラのある街』の主人公ジュンの飲んだくれの父親は、工場を指名解雇になったにも拘わらず、妾を囲い贅沢三昧の乱脈経営を続ける経営者に諂い、飲んだくれをのために闘う若者たちに背を向けてこう言うのだ。「妾の一人や二人は男の甲斐性だ。社長とは工場が出来て以来の古い付き合いだ、悪いようにはしないと言ってるんだ。」
  見積もり抜きの言い値で、役立ちもせぬ米国兵器を爆買い、国民の不幸にはいくらでも耐える神経を持つ現政権と瓜二つだ。世界中を爆撃する米国を「それぐらいは大国の甲斐性」と言うに等しい。甲斐性とは一攫千金のことである。
 「一攫千金」は五輪金メダル狂騒で狂い咲きして、日本の政治と経済を覆い尽くしつつある。
   学力テストや身体計測は、無作為抽出で十分であって自治体から一校を、一校から数学級を選べば済む。それを自治体全校全教室で実施するのは、身体計測器関係企業とテスト業者に定期的に「一攫千金」の機会を献上するために他ならない。

 競技playerたちは企業専属契約を結び、自らの身体を広告掲示板化して収入にする。競技団体は競技場まで広告掲示板化、広告の隙間を縫うように、体中に企業名を浮き立たせたplayerが動き回る。それに同化して揃いのユニフォームに身を包みplayerやチームや「サムライjapan」と一体化するのだ。one teamと絶叫する明るく軽快なfasismが、競技団体に放映権料と広告料を莫大な収入となってなだれ込ませる。しかしこのone teamは決して連帯を生まない。常に敵を作ることで形成される「team」に自立性は要らないからだ。連帯に自立は欠かせない。
 中学生や小学生までが一攫千金を夢見て、プロの賞金稼ぎを目指しそれをマスコミは持て囃してしまう。自治体や政府までが、国際的催しやカジノの誘致による一攫千金の幻想に囚われている。災害までが一攫千金亡者に狙われている。復興予算に効果が現れないのはそのためだ。


 一人のイチローを作るために、千万単位の少年がイチローを目指し破綻する。破綻が多いだけ一攫千金の機会は大きくなる。全員が一攫千金を手にするのは不可能だが、全員が破綻することほど容易なことはない。我々はそれれを「生き神の国」日本が二発の原爆で壊滅したことで、痛切に学んだのではないか。
 普通に育てば、バイオリン好きの画家にも数学の得意な卓越した農民にもなる可能性のあった少年が体を壊し、精神を病む。
 普通教育の普通とは、何にでもなれる多様性をさしている。全面的発達とはそういうことである。『普通の学級でいいじゃないか』(地歴社刊)に僕が込めた意味はここにある。 
 イチローのように聡明な男がたった一人の一攫千金男のために、千万単位の少年の健康な可能性を殺していることに気付かない。たった一人のイチローだけでは、一攫千金は成り立たない、幾千万の失敗があって初めて輝くことを知る必要がある。凡庸な「普通」の少年/少女に子どもを育てる勇気を親は持つ必要がある。一攫千金が幻に過ぎないことを、すべての親と子ども覚った時、自由と平等は実現する。

 僕には嫌な予感がある。「大学入学共通テスト」への英語と記述式参入は、一攫千金を目論んでいた業界の受験生を舐め切った姿勢が暴露され失敗した。政治家や官僚に手と金を回していた業界の悔しさは大きいに違いない。彼らは更に大きな「一攫千金」を狙っているはずだ。それは全国の公立学校の定期試験の作成と採点を、ベネッセなどが受注することだ。その際、問題は指導要領に合わせて全国で統一する。学校現場を締め付けて得票を稼ごうとする自治体首長や文科省関係者は驚喜する。教委は世界的に批判を浴びている教師の負担を減らすと言う口実にもなる。しかし公教育は完璧に破壊されるだろう。
 ストライキで教師はこれと戦い、高校生は連帯するだろうか。
 
 かつて砂金掘りや金鉱探しが一攫千金の時代、多くの男が採掘権を買い荒野に虚しく死んだ。成功した僅かな男も、酒と博打に有り金を巻き上げられ失意のうちに死んだ。ゴールドラッシュで一攫千金を目論んだ砂金掘りは成功しなかった。成功したのは彼らにジーパンを売り、酒を飲ませ、疲れが取れると麻薬を売った連中である。
  「一攫千金」幻想で成功するのは、メダルを目指しプロ化するplayer自身ではない。放映権と入場料収入を握る競技団体及び関連商品業界である。利用され尽く疲れ果てたplayerが、メダル騒ぎ現象の実態=スポーツplayerの商品化に過ぎないことを知り、怒り行動するときから健全なスポーツは漸く始まる。

王様に貰ったミカン

 深酒して 終電車に乗り遅れ、交番で補導された事がある。身分証明を見せると、巡査は慌てて「失礼しました」と敬礼した。修学旅行引率では、宿の仲居さんから面と向かって「先生はどこ」と聞かれた。「僕です」と答えると、仲居さんは 一瞬呆然の後 生徒と一緒に大笑いした。引率されたのが二十を...