激痛が生む妄想の世界

狩野亨吉は危険思想家を自認した

  帯状疱疹の地獄の痛みが和らぐとともに、奇妙なことに気付いた。 痛みでのたうち回っていた時と痛みが和らいでからでは、ものの見え方がまるで違う。
 うちのベランダから、科学館のプラネタリウムの大きなドームが見える。やや距離を置いて、ドーム沿いにドームと同じ位の高さの針葉樹が一列に広がっている。
  その枝と葉が、僕にはドームの曲面に書かれた前衛書道の筆跡に見えたのである。こんなに下手な書を目立つ場所に書いたセンスのなさに呆れた。数ヶ月もの長い間、そう信じ込んでいた。それがある日、単なる立木の枝葉に過ぎないと気付いた時、僕の痛みは消えかかっていた。

 夜中、壁や天井の模様が浮き上がって、痛みの象徴に見えていた時期もあった。大型の万力で締め付けられるような痛みは、途方も無い罰を受けているからに違いない。罰なら、それは如何なる罪に対応してるのか、と妄想が際限なく押し寄せる。

 それが単なる模様であると自分に言い聞かせるのに途方もなく消耗した。鎮痛薬(リリカ錠)の副作用による妄想は恐るべきものであった。
 再び運転し始めて、更に気付いたことがある。視野が広がり遠くまで見通せるようになったことだ。たぶん見え方だけではなく、記憶や思考力も聴覚や触覚も歪んでいた筈。
 些細なことで激高したこともある、有る筈のないものを感じ、有る筈のものを認知出来ないでいたからだ。

 痛みや不安は、人の認識過程を大きく左右する。不幸や不安が大きければ、世界観は動揺し崩壊もする。言葉や表情に現れるだろう。能能力に致命的傷を与えもする。(ノーベル賞受賞の数学者、ジョン・ナッシュが悩まされた妄想に興味がある。彼はある不運な事件で学者としてのポストを失うが、それと共に強い妄想に取り憑かれる。その妄想に登場する人物は声や姿だけではなく、触覚まで彼にもたらした。←クリック)
 個人が独占する豊かさも、それが消滅する恐怖に苛まれる。
   僕は拷問に堪えかねて、信念を捨て世界観を変えた人たちが味わったものの正体を垣間見た気がした。苦しければ世界が歪む。セクトの査問や企業のハラスメントが、人の世界観を歪め命さえ奪う仕組みを病床で味わった。 

 人類は健全な肉体と感覚を前提に、複雑怪奇な世界を認識している。だが一人一人の肉体や感覚は完全ではない。多かれ少なかれどこかに欠陥を抱える。野球を得意とする者は、詩や絵が分からない。科学に精通すれば、ピアノを嗜む暇はない。それを補い合うから、認識の歪みや欠落を補正することが出来る。社会を健全に保ち発展させるために、人間は連帯し合うよう運命づけられている。                                    
 金のある同士、家柄のいい者同士、偏差値の高い同士が結びあっても、「欠陥」は互いに増幅される。世襲議員が、悉く劣化し急速に腐敗堕落するように。芸能界や経済界も例外ではない。


 1935年、志賀直哉はある対談でこう語っている。

「今の世の中でファシストといわれるような人達は大へん嫌いだね・・・大体この二三年間、急に日本はまるで日本でなくなったやうな気がするぢゃないか。僕は腹が立って、不愉快でたまらないんだ・・・世の中が実に暗い。外へ出るのも不愉快だ。言ひたいことが言へない世の中などというものは誰にとっても決して有難くないわけだ」    『文化集団』昭和10年11月号「志賀直哉氏の文学縦横談」
 多様な文化思想の人間が混じり合えば、そこでの言葉は明晰性を増す。
 逆にファシストやカルト集団と彼らに忖度する人間だらけの世間ならば、言葉の明晰性は消えてしまう。
 それ故志賀直哉は、戦後発足したばかりの『世界』の編集に、敢えて中野重治や宮本百合子を入れる提案をしている。
 戦争の愚劣を言葉の明晰さが暴く事を、彼は願ったと僕は思う。
 多様性を内包しない結びつきは、動的平衡を保てない。動的平衡の欠けた芸術はあり得ない。

 夏目金之助が博士制度や文芸院に口を極めて反対した所以である。
 安藤昌益の研究者・狩野亨吉は
 「自分は危険思想をもっているので、王者の師傅に適しない」
と皇太子の教育掛を固辞し、帝大総長の地位さえ退け、東京大塚の長屋に「書画鑑定並びに著述業」の看板を掲げた。地位も身分も存在の動的平衡を壊すからである。
 
 学校が選抜に固執すれば、少年たちの生活世界から多様性は消える。教育のそして社会の健全性も発展性も失う。やがて地域は停滞腐敗する。

 長い激痛と妄想の半年余り、恰も僅か一畳余りの独房で絶えざる拷問にさらされたかのようであった。極めつきの柔らかな肌着さえ、針を打ち付けたものに感じられたほど。 何度も絶望した。痛みが無くなるならと自死も考えた。それを止めたのは、甲斐甲斐しく日常を構成し続ける妻の笑顔である。

 コロナ禍の激痛は社会の見え方を歪ませている。検査と治療の徹底ではなく、Go to travel キャンペーンによる感染の拡大に向かわせてしまった。今年の出生数も若者の結婚数も激減する(8月21日、一億総活躍担当大臣は、新型コロナウイルスの感染拡大で、結婚や妊娠・出産に不安を抱く人の増加が、出生数や婚姻数の減少につながっていることを認めた)。最悪の選択に固執するの愚を、この政府は又も選んでいる。
 

漱石の博士号嫌いと「自」由

漱石にとっての平凡な自由
 漱石は「他由」が我慢ならない。1911年2月20日、夏目金之助宛に文学博士号を授与する学位記を文部省通達。 2月21日、漱石は文部省の福原鐐二郎専門学務局長に宛て次のように伝えた。
 「拝啓、昨20日夜10時頃、私留守宅へ(私は目下表記の処に入院中)本日午前10時頃学位を授与するから出頭しろという御通知が参ったそうであります。留守宅のものは今朝電話で主人は病気で出頭しかねる旨を御答えして置いたと申して参りました。学位授与と申すと、2、3日前の新聞で承知した通り、博士会に推薦されたに就て、右博士の称号を小生に授与になる事かと存じます。然る処、小生は今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、是から先も矢張りただの夏目なにがしで暮らしたい希望を持っております。従って私は博士の学位を頂きたくないのであります。この際御迷惑を掛けたり御面倒を願ったりするのは不本意でありますが、右の次第故学位授与の儀は御辞退致したいと思います。宜しく御取計を願います。敬具」

  漱石は辞退の手紙とともに、学位記を返送。面目を潰された文部省からは、「発令済みでもあり、大臣の命のため辞退をすることは許されない」と学位記が再び届く。漱石は、再度辞退の手紙を出す。4月19日、文部省より「学位記は当局で保管する。辞退されようともすでに発令されているので貴下を文学博士とする」と通知。

   漱石は自己の尊厳のために憤慨したのではない。

  5月18日から20日にわたって『東京朝日新聞』に漱石は『文芸委員は何をするか』を連載している。

 「政府が官選文芸委員の名を発表するの日は近きにありと伝えられている。・・・政府はある意味において・・・少くとも国家を代表するかの如き顔をして万事を振舞うに足る位の権力家である。今政府の新設せんとする文芸院は、この点においてまさしく国家的機関である。従って文芸院の内容を構成する委員らは、普通文士の格を離れて、突然国家を代表すべき文芸家とならなければならない。しかも自家に固有なる作物と評論と見識とのもたらした価値によって、国家を代表するのではない。実行上の権力において自己より遥に偉大なる政府というものを背景に控えた御蔭で、忽ち魚が竜となるのである。自みずから任ずる文芸家及び文学者諸君に取っては、定めて大いなる苦痛であろうと思われる。・・・政府が国家的事業の一端として、保護奨励を文芸の上に与えんとするのは、文明の当局者として固より当然の考えである。けれども一文芸院を設けて優にその目的が達せられるように思うならば、あたかも果樹の栽培者が、肝心の土壌を問題外に閑却しながら、自分の気に入った枝だけに袋を被せて大事を懸ける小刀細工と一般である。文芸の発達は、その発達の対象として、文芸を歓迎し得る程度の社会の存在を仮定しなければならないのは無論の事で、その程度の社会を造り出す事が、即ち文芸を保護奨励しようという政府の第一目的でなければならない事もまた知れ切った話である。そうしてそれは根の深い国民教育の結果として、始めて一般世間の表面に浮遊して来るより外に途みちのないものである。・・・余は政府が文芸保護の最急政策として、何故にまず学校教育の遠き源から手を下さなかったかを怪むのである。
・・・我々は自から相応に鑑賞力のある文士と自任して、常住他の作物に対して、自己の正当と信ずる評価を公けにして憚らないのみか、芸術上において相互発展進歩の余地はこれより外にないとまで考えている。けれども我々の批判はあくまでも我々一家の批判である。もしそれが一家の批判を超越する場合には、批判その物の性質として普遍ならざるべからざる権威を内に具えているがためで、いわば相手と熟議の結果から得た自然の勢力に過ぎない。
 ・・・一家の批判をもって任ずべき文芸家もしくは文学家が、国家を代表する政府の威信の下に、突如として国家を代表する文芸家と化するの結果として、天下をして彼らの批判こそ最終最上の権威あるものとの誤解を抱かしむるのは、その起因する所が文芸その物と何らの交渉なき政府の威力にもとずくだけに、なおさらの悪影響を一般社会――ことに文芸に志す青年――に与うるものである。これを文芸の堕落というのは通じる。保護というに至ってはその意味を知るに苦しまざるを得ない」
   
 漱石が嫌っていたのは、自由な批判や評論に権力が介入することであった。そんなことより「まず学校教育の遠き源」に力を尽くすべきと、至極常識を言っている。まさしく危険思想としての個人主義
である。
 同じ論理で博士制度についても
 「一国の学者を挙げて悉く博士たらんがために学問をするというような気風を養成したり、またはそう思われるほどにも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。・・・博士でなければ学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握し尽すに至るとともに、選に洩もれたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せんことを余は切に憂うるものである。余はこの意味において仏蘭西(フランス)にアカデミーのあることすらも快よく思っておらぬ。」明治44年4月15日『東京朝日新聞』(博士問題の成行)
 こうした精神は、夏目漱石に限ったものでは無い。
 慶応元年生まれの狩野亨吉は、旧制高校校長や帝大総長の地位を未練なく捨てている。←クリック
 鹿児島の片田舎の明治生まれの祖母たちも、海軍砲兵将校であった祖父の苦い経験もあって、共同体を超えた力が日常に介入することに神経質であった。高校の何たるかも知らなかった僕に中学生の従兄弟が、高校の次には大学があってトーダイが一番だぞとけしかけたことがある。帰宅するや、祖母たちを喜ばせようと、「僕トーダイに入るよ」と言うと祖母と大叔母たちは戸惑い怒ったように声を揃えて、そんなものに「ならんでんよか」と言った。ことあるごとに「今のままでいい」と言い、東大や士官学校を出てしまった近隣の知り合いたちがどんな末路を辿ったかを聞かせるのだった。
 父も博士号を頑として拒否し続けた。子どもを何で尊ぶべきか、自分の仕事は何で評価されるべきか強い価値意識が自分たちの中にあって、外部の権威や権力に一元的に従属すべきではないと考えていたのだ思う。
 子どもにとって「僕が大事にされるのは成績や記録のせいではない、ここにいること自体なのだ」と確信できることほど大切なことはない。それが平凡な自由である。

  我々が教師として生徒に向かう会うとき、偏差値や成績や合格実績や大会実績を通していないか。我々が自らを生徒や保護者に紹介するとき、教委や文科省による身分や資格を、色眼鏡として利用していないか。

 主任教諭とか主幹とか統括校長と名刺に書きたくなった時、生徒も授業も遠くに消えてゆく。

病院船・コロナ病床jet機による国際主義という決断

Helgoland号甲板の乗り組み看護婦と治療後のベトナム幼児
 ベトナム戦争中米国は、同盟国ドイツにも参戦を執拗に要請した。だがドイツ政府が出した答えは、病院船派遣。ドイツは武器と兵隊ではなく、病院船ヘルゴラント号をベトナムに送った。ヘルゴラント(Helgoland)号は、遊覧船だったが、病院船に改造されベトナムに向かう。ジュネーブ条約を遵守、米国の民族皆殺し政策に加担して殺すのではなく、北ベトナム、南ベトナム双方の民間人を治療したのである。ベトナム人からは、「白い希望の船」と呼ばれ歓迎された。昼は港に入って患者の手当てをし、夜はより安全な沖で待機。ドイツの医師や看護師たちは、来る日も来る日も手足の切断手術や、米軍のナパーム弾で体全体にやけどを負った人々の治療に励んしだ。

 これは、沖縄の基地をベトナム爆撃に使わせていた日本が率先してやるべきことだった。憲法九条を持つ自称「海洋国家」の何たる失策。世界に反戦運動が盛り上がる1969年、進水した原子力船「むつ」は失敗を重ね、膨大な費用を文字通りドブに捨てた。為にならないことには精を出し、害が明らかになっても中止する判断さえ出来ない。希望がない。
 


独は、伊からのコロナ患者輸送のために、エアバスA310 を改造
 そして今度は、コロナ患者のための世界最高のMedEvacである。高度な施設での治療が必要な患者を、治療を行いながら迅速かつ効率的に医療機関に搬送するICU専用jet 機。ドイツは、イタリアからドイツの病院にコロナ患者を運ぶために、エアバスA310 を改造。この飛行機には44床のベッドがあり、そのうち16床は高集中治療患者向けのもので、最大25人の医療スタッフが搭乗していると。

 病院船も ICU専用jet 機も、現在のコロナ禍日本にこそ必要なものではないか。全国に散らばる離島のコロナ患者や医療破綻自治体の為に、複数のICU専用jet 機と病院船、そして病院列車が、大勢の医療stuffとともに必要だ。
 中国封じ込めのために、阿倍が世界中に専用機でばらまいた資金援助だけで 30 兆円。
 せめて首相専用機をICU専用jet機にしても罰は当たらない。何ら有効活用していない豪華専用機だ。
 莫大なコロナ対策費が、又もドブに投じられ却ってコロナ禍を広げ深刻化させている。
 集団的自衛権行使を容認して積極的平和主と嘯く日本は、いつまでも経っても、失敗を認めない、惨劇を中止出来ない国だ。
 日米欧6カ国首相のコロナ対応策調査を「ケクストcnc」が7月中旬各国1000人対象に行った。プラス評価はドイツのメルケル首相(42%)のみ 、最低は日本阿倍首相のマイナス34%。

批判精神を育てる授業の頻度において、         日本はoecd諸国中断トツの最下位

機械化は人間を苦役から解放すると言う
前提の疑わしさをチャップリンはガンジーに指摘され
 モダンタムスは生まれた
 大学1年生と4年生の教職に対する意識を比較した調査結果がある。常葉大学紅林教授によれば、4年生になると現場で役立つ即戦力指向の学生が増えるが,社会問題や政治・選挙への関心は薄まるという。4年間の教職課程は、学校への服従を準備する過程となっているかのようだ。

 これは今に始まったことではない。 1990年代、僕が『平凡な自由』を書いて、編集者達から「タイトルが捻くれている」と揶揄された頃、神戸校門圧殺事件やな戸塚ヨットスクール事件など目を背けたくなる事件が相次いでいた。高校生達も身の回りの理不尽を答案の裏やノートに書き綴って怒りを表明していた。それが1988年の「内申書裁判」頃から微妙に変化し始める。高2までは批判精神に溢れていた生徒達が高3になるや、「近頃はすっかり現実的になって、悲しい気持ちが残りました」などと書き出したのだ。それまでは、世間と安易に妥協する兄姉や両親を冷静に観察し「あんな姿になるものか」と書いてた。僕は授業で麹町中内申書裁判の意義(裁判を通して、内申書に「この生徒は気に入らないから落としてしまえ」とは書けなくなり、内申書公開の世論も大きくなった)について語ったが、それでも「もし万が一」との恐怖が高校生の批判精神や闘いを抑制し始める。
  
 最近教職課程は採用試験対策と称し、授業技術やトラブル対処など「how to」に強く傾斜している。これは1970年代から既に始まっていた。(国立大学教育学部を出た教師が、自律性や批判精神と行動力を持つのを各地の教委が忌避し始め、素直な新設の女子短大卒を合格させ始めた。それらの短大の売りが「how to」)であった。
 
 早い段階の短期実習の機会が皮肉にも「未熟な我と経験豊かなベテラン教師」という枠を無意識に形成し,学生は物言わぬ存在へと導かれる。学生らしさは早くから奪われ、社会に対す関心は極度には薄れる。一説によれば教職課程学生の読書時間は、一般学生より低いと言われる。
 こうした学生が現場にくれば、教委や管理職に都合はいいとしても、現場に新風を吹き込むことはない。まして現行教育行政に批判的視点は持てず、上からの指示に従順だけが取り柄となり、自他ともひたすら『頑張る』ことを唯一の指針とする以外になくなる。

 OECD国際教員調査「TALIS 2018」では中学校教員に対して、授業で批判的思考を促す頻度を問うている、結果は仰天すべき水準。日本は調査48国中頻度が最も低く、日本以外の全ての国がポルトガルの97.9%からノルウェーの65.6%にかけて分布しているのに対して、日本は24.4%とダントツの最下位。日本の教育には質的な異常性が構造化していることを表している。

 2021年度中学、2022年度高校で学習指導要領が改訂、「主体的で対話的な深い学び」が喧伝され、 指導要領国語の解説には、「批判的」という言葉が41回使われているが中身が寒いものであることは言うまでもない。 何故ならあくまでも与えられテキスト内での論理的諸関係を問うに過ぎないからである。与えられた前提それ自身を疑うことはあり得ないという枠が最初にはめられている。
 面白いことに、
新しがり屋の社会科教師が一時期夢中になった「ディベート」が「与えた枠内」に限る批判であった。ある意味で文科省は「民間」の自主的な取り組みを利用している。
 日本の教師は、我が身を滅ぼす線路を張り切って敷いてはいないか。学校と若者の実態を「批判」的に分析すればそれを簡単に否定できない。自らの労働の前提を疑え。

便利さが我々を無能化する

 ただ念仏を唱えれば成仏出来る、喜捨すれば天国への道は開かれる、仏壇や教祖の書を買えば御利益がある。あの世への道も手軽で便利になった。深い思索や修行は要らない。手軽さは有り難さに直結し、信者は増え教団は大きくなり教祖は脂ぎってくる。だが宗教は衰弱した。自然の脅威や人間の苦難と向き合う我々の緊張感や苦しみは、まるではじめから無かったかのように雲散霧消したかに見える。
  代わって tvや新聞雑誌の通販が、「あなたは老けている」「惚けている」「臭い」「手足が衰えてませんか」と様々な指標を挙げ脅かす。不安を煽って薬もどきを「今なら半額」と売りつけ、「これを一日3粒飲めばこの通り」と繰り返し責めたて「藁」を掴ませる。
掴かませているのは明らかに藁に過ぎないのに、通販の司会者は救世主じみた甲高い声で、効能紹介に自己陶酔。そんなチャンネルが同時に幾つも展開する。しかも4Kの高画質。
 国民の電波や資源がテキ屋同然のたたき売りに浪費され、政治経済社会の諸問題は排除。却ってnhkにチャンネルを減らせと政府は迫る。世は末である。

 

 分けても認知症の不安は、人々をオロオロさせる。これとこれが出来なければ、あなたは危ないと教える認知症スケールが幾つもある。中でも長谷川式は権威があると信じられてきた。では長谷川式認知症スケールは、どのようなものか。
 

1 お歳はいくつですか? (2年までの誤差は正解)
2 今日は何年何月何日ですか? 何曜日ですか?(年月日、曜日が正解でそれぞれ1点ずつ)
3 私たちがいまいるところはどこですか?(自発的にでれば 2 点、5 秒おいて家ですか?病院ですか?施設ですか?のなかから正しい選択をすれば1点)
4 これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。 (以下の系列のいずれか1つで, 採用した系列に○印をつけておく)1: a)桜 b)猫 c)電車、 2: a)梅 b)犬 c)自動車
5 100から7を順番に引いてください。(100-7 は?、それからまた 7 を引くと? と質問する。最初の答えが不正解の場合、打ち切る)
6 私がこれから言う数字を逆から言ってください。(6-8-2、3-5-2-9 を逆に言ってもらう、3 桁逆唱に失敗したら、打ち切る)
7 先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください。(自発的に回答があれば各 2 点、もし回答がない場合以下のヒントを与え正解であれば 1 点)
8 これから5つの品物を見せます。それを隠しますのでなにがあったか言ってください。 (時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など必ず相互に無関係なもの)
9 知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください。(答えた野菜の名前を右欄に記入する。途中で詰まり、約10 秒間待っても出ない場合には そこで打ち切る)

 精神科医・長谷川和夫氏は、(認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長で聖マリアンナ医科大学名誉教授) 2018年、自らが認知症であることを告白した人である。彼自身こう言っている。

 「恩師から、診断がぶれないように、物差しを作りなさいと言われた。ただ、この検査は直接的には本人のためにはならない。医師の診断のレベルを統一するためだからね。人をばかにしたような失礼な質問だと自覚して、「お願いする」というスタンスでやらないといけない」
   
 作った本人が
、これは失敬な質問だと言う代物だ。「医師の診断のレベルを統一するための指標で人を馬鹿扱い」するほうが狂気ではないか、精神科医。あんたが狂っているのだ。
 教師の授業の出来を検証するための「中間テスト」で、生徒を馬鹿扱いする教育も狂っている。

 歳とれば誰だって目はかすむ、耳は遠くなる、息切れはする、物覚えは悪くなる、皺だらけで、歯は抜ける。何時までも「藁」くずで若いつもりにさせられたのでは、体にも精神にもヒビが入る。歳相応の肉体を受け入れる、それが人の尊厳である。
 僕の妻は若い頃から、髪が白かった。あちこちで染めろと責められたが、頑として受け付けなかった。僕は金髪も碧の黒髪も赤毛も白髪も丸坊主も、それぞれ美しいと思う。 外国に行けば、見知らぬ人がすれ違いざまに「beautiful」と笑顔で妻に語りかけるのだ。
 日本では美容院や学校でさえ、染めろと煩い。

online授業は、学力も社会性も阻害する

 幼稚園や保育所で、子どもたちが保育者の感染防止マスクを剥ぎ取る行動を見せるとの報告がある。目だけではなく口や鼻など顔の表情全体が、感情と情報の伝達に欠かせないことを示している。
 スタンフォード大学が8~12歳の女子3461人を対象に調査した結果、snsやvtr、e-mail、スマホによるテレビ電話を利用する少女たちに対人関係上の問題が指摘された。
 同時に調査では、こうしたデジタル機器の影響を回避するには、周囲の人々と直接やりとりするのが重要だということも分かった。友人や家族とよく話をする子どもは人間関係の問題が少なかったという。スタンフォード大学のクリフォード・ナス教授は、携帯電話やパソコンを操作しながらではなく、直接目と目を合わせて会話することが子どもの成長にとって重要だと強調している。

 スマホやパソコンを操作しながら、直接目と目を合わせない習慣は教師にも既に広がっている。オンライン授業は、生徒の学力を阻害するばかりか、生徒・教師双方の社会性を、学校自体の公共性も妨げる。対面授業における眼差しなどの表情が如何に大きな役割をになっているのか、そんなことを大学に指摘されずとも、教師は直感的に感じるものである。だが日本の教師は、行政の要請に弱い。必要以上に忖度して時流に乗りたがる。
 保育者や親そして教師が、マスクやモニター画面越しに生徒たちと接触しないで済むためには、pcr検査を直ちに無制限に実施して陽性者の隔離治療に全力を挙げる必要がある。最悪の「go to travel」(英語教育に権力的に介入を図る政権の何たる恥ずかしい英語力、どうしてgo on a tripと表現しないのか官僚たちの学力を疑う)とpcr検査制限政策に保育者、母親、教師、医者は怒りを表明しなければならない。怒りのデモや集会を阻止する絶好の方便としてコロナ感染の拡大を、首相も都知事も意図しているのではないか。

 オンライン授業やyoutube投稿に鎬を削っている場合だろうか。そもそもonline授業は生徒の家庭にも学校にもかなりの初期投資を迫る。格差は如実に反映される。僕の生徒の一人は、勉強部屋とピアノ室と寝室3つを持っていた。狭い四畳半を
オンライン授業の兄弟やテレワークの父親と共有せざるを得ない者も容易に思い起こすことが出来る。そこに老人や母親が、高熱に苦しみpcr検査を拒否されて一室に寝込むことも大いにあるのだ。
 何故日本の教員組合は、格差と闘うことに消極的なのか。

授業がなければ成績は下がるか

  
mさんからのmailが印象的。
 『・・・先週、期末考査がありました。で、私は来たばかりで、中間考査もなかったので正確な比較はできないのですが、けっこう点数が良いのです。もしかすると、「休校」が続いて、プリントやネットの授業よりは、ナマの授業の方が何倍も楽しい(あるいは点数がとりやすい)と思ったからではないかとも思いました。
 ただ、生徒のノートを見ると、黒板に書いたことをただ写しているだけで、一人も「おー」という生徒がいませんでした。それは、誤算でした。
 授業や学校に対する姿勢の向上と、勉強する技能?の低下を感じました。・・・』
                                              
  僕はコロナ禍による休講が、学力低下ではなくその反対の事態をもたらすと考えていた。

  スポーツでも、芸術でも、語学でも、長い休みの後に、思いがけず能力が飛躍する。例えば激しく筋肉を使う運動では、骨を強化成長させる必要がある。骨が成長するのは、肉体が動きを止めて十分な休みを取っている時である。これはリハビリも同じで、張り切り続けていては成果は現れない。「休み」は不可欠である。のべつ幕なしに張り切っている時、血液は細胞の隅々や神経の末端にまで養分や酸素を供給できない。
  脳神経も例外ではない。複雑に絡み合っているから、その構成の為に長い時が必要。
 日本の教師は「休めばその分、力は低下する」と頑なに信じて、休むことを敵視している。だから怪我や体罰が異様に多い。
 企業や職場は更に『休み』を誤解し、飲み会を盛んにやる。二次会にまで及び、断ればいい目には合わない。これは休みにならない。ストレスを内向させるに過ぎない。

  たかが一年や二年の休みで低下する能力は、単なる短期記憶。忘れて差し支えない、むしろ忘れたことを自覚することに意味がある。
  mさんの「生徒のノートを見ると、黒板に書いたことをただ写しているだけで、一人も「おー」という生徒がいません。それは、誤算でした。」は誤算ではない。休みが十分でなかったことを表していると思う。黒板に教師が書いたことを一旦忘れて後、生徒一人一人が書きたいことを記憶の中から「見つけ」て再構成する。それこそがノート。
                                                                   
  「勉強する技能?の低下」は、教室という環境を構成する人間関係や制度が「劇画的」な人工性に彩られ、謂わば動物的自然を失ったからのような気がする。インターネットやTVが、教育的時間と空間を非「カイロス」化してしまった。思いがけない長い休みは、それを回復する微かな手立てでもあった。

王様に貰ったミカン

 深酒して 終電車に乗り遅れ、交番で補導された事がある。身分証明を見せると、巡査は慌てて「失礼しました」と敬礼した。修学旅行引率では、宿の仲居さんから面と向かって「先生はどこ」と聞かれた。「僕です」と答えると、仲居さんは 一瞬呆然の後 生徒と一緒に大笑いした。引率されたのが二十を...