ベルツ最後の忠告 専門化を抑制せよ

 「会議をあまり多くの分科会に分散しないよう、くれぐれもご注意いたしたいと存じます。それぞれの専門家にとっては、いうまでもなくその専門事項が一番重要に思れるのですから、他の犠牲にして特にその専門事項を強調し勝ちなものであります。どうもわたくしには、今からしてすでに、あまりにも強いこのような傾向が起りそうであるか、 ないしはそれがもう見られるように思われるのであります。・・・ だがこのような専門家にとってこそ、日頃あまりにもかたよった仕事をしているのですから、こんな機会に全般的研究と自己の専門領域との関係を知ることは特に価値があるわけです。と申しますのは生ある有機体におきましては、個々の部分が相互に不可分に関連しているからであり、また多くの専門研究家は殆ど効果を予期しなかったような方面から、しばしば最大の成果を得ているからです」ベルツ 

 お雇い外国人医師ベルツが、帰国するにあたって行われた日本医学界での講演からとった。ベルツが日本に残したものは多い。彼は東大医学部で教えると同時に、明治の元勲や皇族達を診察したが、僕が気に入っているのは、ペスト並の恐ろしさとハンセン病を決めつける日本ライ学会を叱るように、東大病院では一般皮膚病患者と同様に外来でも入院でも扱った事である。

 「ペスト並みライ病」とキャンペーンを張った光田健輔は、ハンセン病絶滅隔離政策発案者であり、世界の医学界からの度重なる抗議や勧告を無視し続け取り返しのつかない禍根を残した。小笠原登はその絶滅隔離に生涯反対して、京大で通院治療を続けた。隔離を巡って激しい対立論戦が繰り広げる2人の医学者の対談を、あるハンセン病回復者が記録している。

  光田が体にハンセン病菌が残る限り全治とは言えないから、全治は不可能で死ぬまで隔離すべき断言するのに対して、
 (小笠原) 「それはおかしい。およそ伝染病にして・・・全治した後の体内に菌が完全になくなることはない。いったんライに罹ったら、全治していても、終身患者扱いをすることは誤りである。先生のいわれるような意味で全治を考えたのでは、世の中に全治する病気は一つもないことになりましょう。それとも、何か全治するものが、先生のいわゆる全治する病気がありますか」(光田) 「チブスがそうです」 (小笠原) 「チブスは全治しても、なお患者の躰の中にチブス菌のあることは、内外の文献にも明らかですが」 (光田) 「イヤ、私はライの方は専門に研究したけれども、チブスの方は私の専門外なので、あまり研究していないから 詳しいことは知りません       
 田中文雄 「京都大学ライ治療所創設者小笠原登博士の近況」『多磨』1967年12月号

  「専門外なので・・・知りません」と無知を言い逃れ、数万のハンセン病者と家族の人生を徹底的に破壊したのである。彼に勲一等瑞宝章を贈るのがこの国の政府である。 彼らが少しは専門外に関心を向ける教養人であったらと思う。

 ノーベル経済学賞に最も近いと言われた宇沢弘文は数学者でもあった。湯川秀樹には漢文の、アインシュタインにはバイオリンの素養があった。宮沢賢治を愛読した高木 仁三郎は、既に1995年、「地震」とともに、「津波」に襲われた際の「原子力災害」を予見している。
  欧米の大学では、専攻の他に副専攻を選ばねばならず、なるべく遠く離れた科目を勧められる。
  日本では「専門外なので・・・知りません」が学者だけではなく政治家や経営者にも当たり前になっている。それは専攻に打ち込んで脇目も振らず一心不乱に学んだと言うことではない。我が国では「ガリ勉」でなかった事は、組織で円滑な付き合いの前提となっている。だから大学入学と同時に学びに熱中は、格好悪いものとなってしまう。専門ですらろくに知らないのだから、専門外は勿論全くの素人であることが求められさえする。
 高校教師も専門教科以外に関心を持つ者は希である。僕は政治と経済が得意だが、物理や生物にも歴史や哲学にも関心を持たずにはおれない。そうでなければ「現代」も「社会」把握できないし解釈も出来ない。
 だが研究会や集会では、明治時代にベルツが警告した「多くの分科会に分散」する傾向は、新奇な話題を求めたがる性癖も手伝って未だ衰えない、ますます盛んである。
  我々は、小型の光田になってはいけないのである。原発業界も大惨事の後にあっても「専門外なので・・・知りません」的専門家で身動きがとれない。DoctorとはSpecialistであって且つ Generalistである人だけに与えられるべき称号である。

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