「自粛警察」する人ばかりを咎めている場合か

行政も壊滅している
 僕も市場でマスクをしないで「安いよ・お買い得・ご利用ご利用」などと飛沫散らさんばかりに絶叫する八百屋に苦情した事がある。
 コロナに感染する人の殆どは若い。しかし重症化して死亡する者の殆どは老人である。 「自粛警察」行為を咎められ非難されるのもお年寄りである。病床や医者不足の「医療崩壊」の実態を認めようとせず、pcr検査を言を左右に拒み続け、外国政府も称賛する国産の安全で安価なな検査システム導入を何時までも遅らせる当局。そんな者を信頼していては、自分の命も病弱の妻や孫の命も守れない。そう考えるのは理の当然。
 先ず咎めらるべきは、国民の命を本気で守る姿勢のない政府当局ではないか。個人や中小企業への給付は遅々として進まない。公務員が減らされ「行政破壊」しているからである。本来なら、市場でマスクをしないで「安いよ・お買い得・ご利用」などと飛沫散らさんばかりの店などには、普段から衛生指導がなければならない。だが人がいないから出来ない。
 「自粛警察」に関する報道の殆どは、老婆の営む極零細な駄菓子屋への張り紙を非難した件に集中している。歪んだ正義感・ファシズムの文字が、弱い者をいじめるなと言う素朴な善意に乗って乱舞している。

 歪んでいるのは、疾病に立ち向かう覚悟と姿勢を欠いた行政である。コロナ禍に乗じて、莫大な金が碌な議論もなしに政権に握られ、公務員不足を奇貨として『電通』や『パソナ』に丸投げされる事態を行政は手放したくない。それ故「自粛」を要請はしないが、自粛することを暗に促す操作は続くに違いない。悪いのは、「自粛警察」する人と操作に応じない者だけにする。いつまで経っても医療崩壊や福祉破綻や行政事務崩壊の責任を行政は決してとらないだろう。

主権者の自由で公正な判断の為に普通教育はある

 『たかが甲子園で泣くな 野球はgame=あそびに過ぎない』←クリック でこう書いた。
 「1945年の夏、学徒動員の中学生が、敗戦の知らせに声を上げて一斉に泣いた。ある文学少年が「何が悲しいんだ、泣くのを止めろ」と叫んだ。皆一瞬はっとして、誰も泣かなくなった。そしてしばらく経ってみると、どうしても泣けない。死にたいと言って泣いていたのに、泣けなくなっていた。いとも簡単に(共同の迷蒙)が消えたのである。
 自決用に配られた青酸カリをただ一人捨てるように、先ず自分自身の迷蒙を断ち切れ。例えば、雪の日に一人決意して雪かきをする、一人決意して部活を週三日に制限する、堂々と有給休暇を取り子どもと遊ぶ・・・のは、(共同の迷蒙)を断ち切る練習である。」

  今年はコロナ禍で様々な大会や行事が相次いで中止、お陰で又も中学生や高校生が恥も外聞も無く口を開けて泣く。

   「・・・全国大会を目標に練習に励んできました。・・・コロナ感染拡大をうけ、全国大会は中止されました。仲間と目指していたものがなくなった現実を受け止めきれず、涙が止まりませんでした。・・・役に立てなかったことがとても悔しいです」東京新聞2019.6.5
 中学生の投書である。敗戦の夏の光景と変わらない。TVも新聞も少年たちの涙を賛美している。そのことに僕の背筋は凍り付く。「役に立てなかったことがとても悔しい」に、お国のために死ねなかったのが悔しい・・・が二重写しになる。学校の為teamの為と、滅私奉公精神を中学生に煽るのが美しいか。恐ろしく怖いことではないか。

 教育は特定の能力を若者に付与する過程である。しかし、首尾良く実現するのは簡単ではない。ある能力を獲得する過程は、別の能力を犠牲にする過程でもあるからだ。身につけるには努力を要する、だが犠牲にするのは容易い。

両親が息子をプロplayerに育てようと入学前から夢中になって金も時間も注ぎ込んでも、一流になり稼げるのはほんの僅かだ。もしこの子に絶対音感が有っても、球を相手にしている間に誰一人気付かぬ間に消えてしまう。そもそも当の少年が成長したとき、球技playerが少年憧れの職業でなくなっている可能性もおおいにある。いまや少年の憧れが、球技playerから医療関係者に写りつつあることをバンクシーも 描いている。
「君たちは、アメリカにこんな酷い目にあっても怒らないのか」
 少年のあいだに、自分が何に向いているのか、何は駄目なのかを知ることは出来ない。それ故、前面発達の可能性を分けても青少年には保証しなければならない。それが「普通教育」である。普通とは普遍に通ずるということであり、専門を持たない幅広い学芸=教養を意味する。大戦で英国が孤立の中でナチと闘う判断を出来たのは、この専門をよしとしない教養による。高校の学科の多様化は、断じて肯定できない。 
 物理も東洋史も芸術も幾何も学ぶことは、公正で他者に依存しない判断の根源なのだ、それ故権利であって義務ではない。
 たった一つのことに中学生の時から打ち込ませるのは「普通教育」の理念に反している。「一つのことに夜も昼も打ち込む日本の部活」は「共同の迷蒙」にすぎない。まさしく「いとも簡単に消えてしま」う虚妄の青春である。
社会的に公正な判断の基礎を蔑ろにする軽薄な「専門家」を育て、「愚民」を量産している。
 
  昔、侍はよく泣いた。坂本龍馬も西郷隆盛もよく泣いたらしい。新撰組も吉田松陰も泣いた。学生運動セクトもよく泣いていた。泣くことで論理は置き忘れられ、情緒が幅をきかすのである。いやそうではない、論理がないから泣くのである。
 革命家は、泣かない。泣くのを止め、静かに怒るところから革命は始まる。泣きながら武器を振り回わすのは危険極まりない。

善なる人々は他人の声を黙らせようとは欲せず、すべての人に対して自由を許容せんと欲する。 パール パック

   『民衆が自由で独立酌で自治的である国はいかなる国でも、つねに善なる人々と悪なる人との間に闘争の行われる国であえる。もしこの闘争が存在しないならば、それは暴君が支配し善き人々が力を失っていることを意味する』

 パール パックが『日本の人々に』と題して論評を毎日新聞に寄せたのは、敗戦間もない1948年10月である。
   僅か二ヶ月前までの日本では、他者は認識されなかった。家庭でも如何なる組織でも。自立した人格は、抹殺されるか「転向」するしかなかった。同じようにアジア諸国を自立した「他」国と見なすことは出来なかった。敗戦は、それを根底から覆す筈だった。
 そればかりか敗戦から80年を過ぎてなお、この国は嘗ての敵国核超大国に従属して、自立した国家関係を世界の国々と結ぶことを知らない。
 この国には自由な国としての義務、「悪なる」超大国との闘争が存在しないからである。

 『人々が自からの創造力、発明カ、表現力を発展させてゆけるのは、ただ自治の下においてのみである。但し邪悪に封する永遠の闘争をつづけてゆく善良なる人々にとって自由は常に責任を伴ってくるものだ。日本はもちろんのこと、その他世界のいずれの国の善なる人々にとっても、現在はなお何らの休息、何らの平和は存在し得ない。彼らは自からの眼を覚まして活動せねばならぬ。どこの国民にしても、全体の中にはどこかに善なる者がいるのであるから、国民すべてを一概にとがめることはできない。咎め得るもの、咎めなければならぬものは、いずれの国にあっても、悪に封して善がこれを監視せず、これと闘争しないということである。』

 従属関係にあって、自らの諸力を発展させることは出来ない。エネルギー政策であれ、食糧政策であれ、自治の下において永遠の闘争を続けることによってのみ、自由な創造力、発明カ、表現力に基づく政策は発展する。
 日本の働く者や若者が、外国に従属した政府の下で諸能力(芸術であれスポーツであれ科学であれ技術であれ)を発揮するためには、従属を強いる者との闘争に目を覚まさなければならない。パールバックは、そう敗戦直後の日本人に語りかけずにはおれなかった

 自らの能力を開花させる闘いに、若い世代ほど意識が離れている。何故なのか。 それは開国以来、日本の近代化を阻んできた封建主義と全体主義が、敗戦後も依然としてこの国を覆っているからである。そして、若者の目を覚ますべき学校が、自由主義と個人主義を未だに敵視し封建的で全体主義的な雰囲気と闘争することに臆病だからだ。

 『永遠監視の眼は、言論の自由という問題に封して終始間断なく注がれていなければならない。…善なる人々は他人の声を黙らせようとは欲せず、すべての人に対して自由を許容せんと欲する。彼らは完全な真理を把握しているのは自分たちだというほど慢心してはいない。すべてのものが自由に物をいうことを許されている以上、悪なる人々もまた発言するであろう。しかし善なる人々の声は悪なる人々の撃よりも数多いはずであり、一段と明瞭なはずである。このことを善なる人々は自からの責務として認めなければならぬ。何故なら自由というものは真の自由でなければならず、自由が或る一部の人によって行使されて、他のものによっては行使され得ぬということは、あり得べきことではないからである。』
 自らの発言を正しいと信じる者を、ここでは善なる人と呼んでいる。対する悪なる者にも、自らの発言を正しいと表現する自由を与えねばならない。
 自分たちだけが永遠の真理を担っていると言う閉鎖的な使命感からの解放こそ、封建的全体主義への親和性を打ち破る。「起立・礼」や「掃除」や「部活」を世界に希に見るcoolな美風とみる限り、近代的かつ合理的な判断の主体としての若者は育たない。
 教師や労働者・国民と連帯して、高校大学入試廃止を目指す主体として闘う若者は、未だ主流たるには遠い存在だが、世界では平凡な生き方となっている。 しかし、それには決断が欠かせない。その役割を担う者がインテリゲンチァである。嘗て教師は草の根インテリゲンチァと呼ばれた。

 『日本やドイツの善なる人々にして万一にも自由を享受し得てしかも責任を伴わずに生活のできるような園を夢想しているとすれば、彼らはその空中楼閣的な夢から呼び覚まされなければならぬ。 ・・・日本の善なる人々よ、あなた方は安閑として身体を横たえて眠ることはできない。あなた方は一時間の休息さえとることはできない。何故なら善なる人々はいたるところあなた方のカ、あなた方の周到な要心、あなた方の決断が彼らのそれに加えられることを必要としているからだ。』

  大坂なおみのアメリカ人種差別抗議デモをめぐる発言は時宜を得て見事。(I hate when people say athletes shouldn’t get involved with politics and just entertain. Firstly, this is a human rights issue. Secondly, what gives you more right to speak than me? By that logic if you work at IKEA you are only allowed to talk about the “GRÖNLID”)
 



適材適所ってなんだ

    
 障碍あるplayerが、メダルを囓る様子をTVや新聞で持ち上げることが共生社会だろうか。 成果や取り柄有る無しに関わりなく、互いに日常の繫がりが見える仕組みが行き渡ることではないか。例えば普通高校にも聾唖者などの障碍者が在籍し共に学べることを考えてみる。授業中は級友の誰かが手助けをする、面倒かもしれない。部活もたいへんだ、試合どころではなくなるかもしれない。それを喜んで受け入れ生活の欠かせない部分とすることが共生だ。

 小学生の頃、四丁目に「たけちゃん」がいた。知恵遅れで中学生ぐらい、修学免除だった。学校が終わる頃、たけちゃんが校門近くの路地の突き当たりで待っていることがあった。僕たちは彼と三角ベースをよくやった。たけちゃんは何をやってもOKの特別ルールだった。路地の突き当たりを裏に抜けると、たけちゃんのうち。大きな酒屋だった。遊びに飽きると、たけちゃんは僕らを店に誘った。前掛け姿の叔父さんがニコニコしながら出てきて、「たけと遊んでくれてありがとう」と店のアイスキャンディをくれた。 

 それから20年後、僕は妻と四丁目に行ったついでにたけちゃんの店に寄った。たけちゃんは留守だったが、叔父さんは僕たちを覚えていた。ちょうど秋祭りで「神輿の接待所にいるよ。今、たけは町内会の副会長だよ」と言うではないか。僕たちは大通りに急いだ。神輿を置いたテントの奥の座敷に正座していたたけちゃんは、見事な副会長振りだかった。挨拶に来た人たちに「本日は遠いところをお越し下さいまして有り難うございます」と満面の笑顔で挨拶をしながら、お茶の接待をしている。紋付きを着こなした動作は、堂々たるものだった。僕らを見ると、妻を覚えていて「やあ、由美ちゃん。こちらへどうぞ」と声をかけてくれた。


 適材適所とはこのことである。町内会という排他競争的教育体系から切り離された小さな共同体←クリックが、生きて機能していたから可能なことだ。

 校長も教育委員も文科大臣も首相も競争の「恩恵」だけは被っている。が、適材とは千歩譲っても言えない輩ばかりだ。飛び切り無能な者が、よりによって校長や首相にのし上がるのは、組織が巨大化一人一人の人物像が不明瞭になると共に操作可能になったからだ。操作は今や巨大資本広告代理店の独壇場だ。余程の愚者でなければ、はずかしくて跋扈出来ない。

Sports playerやサラリーマンを「サムライ」と言うな。サムライは身分、民主主義とは相容れない。

妄想を肥大させた者たちの責任は計り知れない
 首席公僕たる首相は 2019年2月28日の衆議院予算委員会で、長妻昭議員の「統計問題を甘くみない方がいい。扱いによっては国家の危機になりかねない、という認識はあるのか」との質問に「いま、長妻委員は国家の危機かどうか聞いたが、私が国家ですよ。」 と答えている。
 恐るべき感覚である。良識のある人間ならば到底発想し得ない。
 『チャップリンの独裁者』では、独裁者・ヒンケルが側近の唆しや煽てに「よせ! 自分が恐くなる」と言いながら、風船の地球儀を弄ぶ場面がある。如何に独裁者の「妄想」は作られるか示した秀逸な場面だと思う。
 「私が国家ですよ」とまで妄想を逞しくしたのは、 『チャップリンの独裁者』とおだて同じく側近の煽てと唆しである。日本のマスコミと御用文化人の責任は、限りなく重い。
    ゲッペルスはこう言っている。ナチスに「国民が自分の方から委任してきたのだ。・・・つまり、自業自得だ」
 

  自らを奮い立たせるために、まじない言葉「サムライ」を自らの集団に冠するのは、国家と政権の「妄想」を膨らませるだけだ。
 2016年2月16日の衆院予算委員会で、副総理が「ナチスの手口に学んだらどうかね」と口を滑らせたことがある。妄想は既に相当深い。

 ドイツ敗戦間近い1945年3月、ヒトラーは自国の「焦土作戦」を命じ国民に自力での退避まで強制している。選んだのはお前たちだ、道連れにしてやると言うわけだ。
 

 政権首脳は公僕たる立場を忘却し「私が国家」との「妄想」に酔い、サムライたちはメダルで自らを大衆から隔離し、特権的「身分」に酔う。「サムライ・日本」に酔っている限り、職場やグランドから体罰やパワハラが克服されることはない。何故なら「サムライ」内部も身分的文化が支配する世界だからだ。
 その帰結の責任は軽い筈はない。我々が良識に基づいて、仮令国家を裏切ってでも公正に判断できるのは、民主主義を信じるからである。←クリック

 若者も国民も、「未成熟のままに留」められ、そして、なんでも日本が一番の番組に煽られてのぼせ上った幼稚な顔をしている。「聴き、読み、見ることを許され」報道後進国日本の有様を知ろうともしない「自由を実行することを許された経験を持」たないことに怒りも不満も持てない。
 「未成熟こそが、ナチス・ドイツの一般大衆の顕著な特徴」であったことに、僕らは僕らの現在を重ねて、警句とする必要がある。 カッコいい幼稚さに彩られた部活や行事、硬い幼稚さに封じ込められ批判精神を禁じられた主権者教育。それらが目指すのは、操作しやすい大衆である。目指しているのではなく、おおよそ実現しているというべきか。
 幻想や「陶酔などによって」ではなく「平凡な仕事によって表現する」生き方を獲得したい。
  

公正であることは信念を持つ限り不可能である

フォスターは、ナチスにたいしてだけは徹底的に闘った
 「神曲」の原題は「神聖喜劇」。その中でダンテは、地獄における最も重い罪は「裏切り」と断じ、その最下層嘆きの川には裏切者が永遠に氷漬けとなっていると描く。 
 ダンテはフィレンツェ市政に関わっていたが、激しい政争に敗れ追放された。彼は、この時味わった政治的不義への憤りを隠していない。「神曲」では ブルータスとカシアスは、祖国ローマを裏切るよりシーザーを裏切ることを選んだとして嘆きの川に落とされいる。

 僕は

「国を裏切るか友だちを裏切るか、二つに一つを選ばねばならない場合には、国を裏切る勇気があってもらいたいと思う」
と書いたE.M.Fosterに組みする。彼は「公正であることは信念を持つ限り不可能である」ことの例に聖パウロやモーゼを、師たるに値する存在としてモンテニューやエラスムスを挙げる。
 古在由重は、東大総長の次男であり政治的に無色なことを買われて「思想善導」の教官として東京女子大で「倫理学」を教えていた1929年、国家を裏切りモップル(国際赤色救援会)の女学生を支援して逮捕されている。良識とは何か、如何にして発揮されるかをよく表す挿話である。←クリック
 

 組織は、良識ではなく信念を支柱としている。 さて党派は、国家と友のいずれに近いだろうか。

   一九八四年夏の原水爆禁止世界大会はソビエトの核実験を巡って大いに荒れ、運動の分裂を決定的にした。共産党に近い組織は、吉田嘉清原水協代表理事に対し、『党中央決定である。代表理事と原水爆禁止世界大会準備委員を辞任せよ』と強要した。
 この時である。代表委員の古在由重氏が発言を求め

「吉田君が退場なら僕も退場になる。だいたい同じ考えだからね」
と、吉田代表理事を擁護する。忽ち会場に衝撃が走る。古在氏は高名な哲学者、おそらく共産党員だろうとだれもが思っていたからである。「共産党の広告塔のような古在氏が党の方針に異を唱える・・・」。報道陣から驚きの声が上がった。古在氏はその後、共産党を除籍される。

   僕は長い間、古在由重氏が会長を務める研究会の一員であった。年一回の大会では毎年会長の近況が報告される習わしだった。正月に主だった会員たちが、古在氏宅を訪問し歓談するのである。
 僕はこれに噛み付いた。仲間で歓談するのに問題はない。しかし大会で「古在先生の近況」と恰も神や貴種を敬うかのような扱いに我慢がならなかった。古在先生を良しととするなら、古在先生のように振る舞うべきであり、奉つることで古在先生に近づいたつもりになるべきではないからである。翌年から近況報告はなくなった。
 良識ある人間にとって我々の日常には、国家や党派や組織に裏切り刃向かわなければならない時が少なくない。生徒・学生や同僚の為に公正でなければならないからである。
 
 しかし友愛の為ではなく、政治的な党派と党派、取引き相手同士、そして大した知り合いでない場合、多くの場合がそうであるがいちいち目くじらを立ててはいられない。できるだけ穏やかに辛抱する。努めて愛する努力などはしない。これが「寛容」であると、フォスターは言う。

 内ゲバ殺人や査問は、努めて理想に向けて結束し純化する中過程で生まれている。文明は長い時を要する、だから我々は互いに努めて寛容であらねばならない。
 
 だがフォスターは、ナチスにたいしてだけはそのような態度をとらなかった。首尾一貫して闘った。彼はBBCの電波に乗せて毎晩英国市民に徹底抗戦を語りかけたのである。何故ならナチスは、
アーリアンだけが正しい理想であるとして、気に入らぬ者を虐殺し追放し絶滅を図っていたからである。 英米の資本家たちの「寛容」の精神は、ナチスへの投資に向けられる始末であった。(例えばブッシュ一族は、絶滅収容所の毒ガスを製造していたe.g.ファルベンに積極的に投資。ハリウッドの映画資本は、1940年の『チャップリンの独裁者』を作らせまいとしていた。しかしチャップリンは独立プロダクションを持っていたため、良識に基づいて行動できたのである)
 フォスターは英国市民と長く厳しい闘いを強いられた。共に闘うのはソビエトのみであった。

 追記 僕は信念に凝り固まった嘗ての学生セクトが、フォスターのように辛抱強い「寛容」の精神を、何故互いに発揮出来なかったのか、歯痒くてならない。内ゲバ・殺人に向けられた「理想」を、一致してベトナム反戦や反核闘争に向けられたはずである。もし高橋和巳がフォスターを読んいたら・・・と「もし」を重ねたくなる。

オンライン授業は、蟻地獄に公教育を引き摺り込む

ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた
 オンライン授業にのめり込む教師が、急増。乗り遅れまいと焦りを感じる人も多い。だが便利な道具には、構造的陥穽がある。
  「SNSの「いいね!」は、君の社会性も人間らしさも破壊している 」←クリック で指摘した。
   
 ワープロやパソコンのおかげて、手書き文字が下手になり語彙は見る見る貧困になった。芸術的趣の溢れる書簡や答案は消えた。

 カーナビを使うようになって、運転は格段に楽になり便利になった。最短の新しい道を苦もなく使えるだけではない、付近のお勧めの食堂や旅館も検索できる。
 だが気付くと僕らは、生来の地理感覚を失っている。道に迷い失敗しながら、発見を重ね僕らは脳裏に自前の地図を刻み込んだ。そんな道は50年経っても忘れない。100人ドライバーがいれば、地図は百通り出来た。それは登山や知らない国の街歩きにも言える。カーナビやスマホが壊れても、苦労して刻んだ記憶は容易くは消えない。
 僕らに必要なのは、100人の教師があれば百通りの教室光景や音や風への感覚である。そこに40人の生徒たちが加われば、組み合わせは四千通りにもなる。モニター画面は風や音を背景と共に消す機能も備えている、online会議やonline授業ではそれらは雑音に過ぎないからである。しかし教室では、互いを生きた存在として認識するために「雑音」は欠かせない。生徒たちはよそ見も出来ない、お喋りも出来なくなる。

 カーナビやスマホに表示される便利な情報は、所詮CMに過ぎない。「雑音」が削除されたonline授業は「進学対策講習」の域を出ない。公教育学校のonline授業より大手塾のonline授業の方が効率だけは勝っているからである。
 文科省は、塾の授業を公教育に置き換える機会を虎視眈々と狙っている。

 公立病院の病床を政策的に減らし続けた結果が、コロナ禍に於けるpcr検査制限による感染拡大である。同じように公立学校の教室数は削減されるだろう。大手塾を中央センター教室としての授業が各公立校教室に配信されれば公立校教師は、モニター上の生徒の監視者になる。専門性も習熟も要らないから、パソナ派遣に置き換えられ、やがてリストラされるだろう。文科省や教委も管理職も、onlineソフトを通して、授業と教師を管理するに違いない。それが恐ろしくて、「僕はonlineベテラン」と売り込む者も続出するに違いない。
 嘗て進学実績を焦る高校で、大手予備校講義の衛星中継が流行ったことがある。教師たちはモニターを眺める生徒たちの監視をさせられた。


 僅かな便利さに幻惑され、amasonやrakuten を見境無く使う、安いからだ。お陰でamasonやrakutenの労働現場は地獄の光景を呈し、会社は莫大な利益を懐にするが、働く者は奴隷化。安いのを有り難がるのは、利用者側も奴隷的賃金に甘んじているからだ。オンライン授業の手軽な便利さに幻惑されればそうなる。


 
丸山眞男は「現代における人間と政治」(1961年)でマルティン・ニーメラーの言葉をひいている。

 ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
 それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
 それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
 さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。

 僅かな工夫と決意で、対面しての授業は直ちに出来る。online授業は毒饅頭。 
 福岡県は県立学校の分散登校を18日からに前倒しする方針を固めた。1週間後の25日には全面再開を目指す。市町村立学校や私立学校にも同様の対応を取るよう協力を求める。


 

王様に貰ったミカン

 深酒して 終電車に乗り遅れ、交番で補導された事がある。身分証明を見せると、巡査は慌てて「失礼しました」と敬礼した。修学旅行引率では、宿の仲居さんから面と向かって「先生はどこ」と聞かれた。「僕です」と答えると、仲居さんは 一瞬呆然の後 生徒と一緒に大笑いした。引率されたのが二十を...